盲の仕事といへば、普通は按摩を想像するだらう。江戸時代には、他にも樂師といふキヤリア・パスがあつた。


「春の海」を作曲した宮城道雄などは、かうして大檢校、藝術院會員といつたコースを歩む。ヘレン・ケラーの歓迎會に演奏したりした。


『論語』には、盲の瞽師が出て來る。盲と音樂の關係は、此の時代から密接だつたのだ。目が見えない分、耳が發達したのかも知れない。


宮城が檢校に成つたのは、明治時代の事である。此頃にもまだ、檢校といふ稱號が存在したのだ。宮城は『源氏物語』などの古典も點字で讀むでゐる。今日の我々一般人よりはインテリなのかも知れない。


盲で直(すぐ)に想ひ浮かぶのが、江戸時代の埴輪保己一である。この人は盲の學者だつた。ヘレン・ケラーも来日の折、その墓に詣でてゐる(涙を流して抱きついた)


樂師や按摩ではなく、學者として名を殘した盲もゐたのである。戰前の國定教科書だか讀本に、そのエピソオドが採用された事もある。


どういふ訣か埴輪保己一の息子(國學者だつたと想ふ)は、伊藤博文に暗殺されてゐる。伊藤博文は恐らく、殺人を史書に記録された唯一の内閣総理大臣である。


今日の盲の職業は、どんなものがあるのだらう。けふ、友人たちとの話題に宮城道雄が擧り、そんな事を考へてゐた。


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