支那製の人肉カプセルが韓國に大量に密輸されてゐる。詳しくはこちら國民新聞の記事を御覽ください。


人肉カプセルは滋養強壮剤として賣られてゐる。本當に滋養強壮に效くのかは疑問である。かういふ事を科學的に實檢するのは、今日では政治的に不可能だと想はれる。


ただ、漢方には肝臟が惡ければ肝臟を食べる、といふ發想がある。爬蟲類よりは哺乳類の肝臟、できれば人間の肝臟を食べるのが良い、とされてゐる。他の臟器も基本的に同じである。


興味深いのは人肉カプセルが韓國で賣れてゐる事である。矢張、あの國には漢方藥の傳統や發想が殘つてゐるのである。


今日の日本人には想像もつかない事だらうが、かうした發想は明治時代には日本にも殘つてゐた。氣持惡くてあまり説明したくないが、「野口男三郎」事件なんてのがある。


だから他國の事についてあまりあれこれ言ひたくはないが、ニ十一世紀にもなつて大量に人肉カプセルの需要がある社會といふのも奇異といふよりグロテスクである。


それに人肉には犬肉や猫肉同樣の問題點がある。歐米人は自分たちの食べる牛肉や豚肉のために牧場を管理してゐる。だから肉の質を一定に保つ事ができる。


亞細亞の犬猫料理の肉は、殆んどが野良の肉である。亞細亞には基本的に犬牧場や猫牧場は無いのだ。だから、肉の品質は?なのである。


人肉にも同じ事が言へる。人肉用の人間牧場など、支那の共産黨でさへ公然とは作る事ができない。つまり、人肉カプセルの人肉も野良なのだ。


人肉を安全に食べるためには、様々な管理をしなければならない。それは血液から傳染病などの疾患まで、さまざまな試驗項目が考へられる。


人肉カプセルにさういふ配慮がなされてゐないだらう事は簡單に想像がつく。人をそこまで管理して市場に出荷するなんて、どだい不可能な話である。


かうした事を考へると、人肉カプセルが健康に良いかも大いに疑問である。そして將來、犬猫の肉を取得するための管理された牧場ができたとしても、人間牧場などができる筈がない。


それはH・G・ウヱルズの小説にしか存在しない未來社會である。