支那の五帝を、讀者の皆樣は御存知だらうか。黄帝・顓頊(せんぎよく、機種依存文字なので文字化けしてたら御免なさい)・帝嚳(ていこく、機種依存文字)・帝堯・帝舜である。
これらの五帝は、春秋時代初期にはまだ作られてゐなかつた。孔子の頃に帝堯と帝舜が現れる。『論語』には「堯曰」といふ篇がある。
以前にも述べたやうに、黄帝は道家が作成した帝である。儒家が帝堯・帝舜を崇めるので、それよりも古い帝を作成したのだ。
帝嚳・帝堯・帝舜のやうに、比較的古く作られた帝は帝が先に來る。黄帝は帝嚳・帝堯・帝舜よりも新しい帝なのだ。實は僕は顓頊や帝嚳の出自については能く知らない(誰か教へて)
五帝のほかに三皇といふのがある。泰皇(たいかう、タイコーと發音する)・天皇(てんかう、テンコーと發音する)・地皇(ちかう)である。これも道家が作成したらしい。
日本の天皇(てんわう)は、この三皇から來てゐるといふ説があるが眉唾である。三皇の中で一番尊いのは泰皇なので、もし三皇が語源なら、天皇ではなく泰皇とした筈である。
この三皇五帝の徳を一身に集めた存在が「皇帝」である。始皇帝を最初とする。後に秦帝國を滅ぼした項羽は、「霸王」を名乘つた。
だから三國志の孫策が「小覇王」と呼ばれるのは、「ミニ項羽」といふ意味である。名稱としては、「霸王」より皇帝の方が遙(はるか)に偉さうだ。
他に支那史には、「天皇(てんかう)」と名乘つた皇帝がゐた。唐の高宗である。皇后の武(後の武則天)は天后(てんかう)と呼ばれた。
日本の天皇は此の唐の高宗に倣つたものである、といふ説もあるが、これもどうだらう。僕には日本が「天皇」といふ呼稱を用ゐた方が早いやうに想へる。
ちなみに日本の天皇は支那向けには「皇帝」、歐羅巴向けには「エンペラア」と稱してゐる。江戸時代に大黒屋光太夫がロシヤに漂流した時は、世界に數少ない皇國の民として優遇されてゐる。
天皇は和語では「すめらみこと」や「すめらぎ」といふが、此れは「統(す)べる」から來てゐる、といふ説が一番有力である。
小數學説として「シュメールのみこと」といふのがある。古代日本がシュメールやメソポタミアと何らかの繫がりがあつた事は確かだと想ふので、一概に奇説とは言へないかもしれない。
天皇の子供は普通は親王や王と呼ばれる(女なら内親王や女王)中には王とすら呼ばれない方もゐられるが、かうした稱號は母親の身分に依存する。
現在では男系の孫までは親王號がゆるされてゐる。その子孫は普通、王か女王を名乘るのだが、内親王や女王は臣籍に降嫁すればさうした稱號が許されなくなる。
勿論、親王といふ稱號は王より格上である。歴史を見れば、弟が天皇になつても親王どころ王とさへ名乘れない一休禅師のやうな人もゐる。あれはどうした訣なのだらう。
これらの五帝は、春秋時代初期にはまだ作られてゐなかつた。孔子の頃に帝堯と帝舜が現れる。『論語』には「堯曰」といふ篇がある。
以前にも述べたやうに、黄帝は道家が作成した帝である。儒家が帝堯・帝舜を崇めるので、それよりも古い帝を作成したのだ。
帝嚳・帝堯・帝舜のやうに、比較的古く作られた帝は帝が先に來る。黄帝は帝嚳・帝堯・帝舜よりも新しい帝なのだ。實は僕は顓頊や帝嚳の出自については能く知らない(誰か教へて)
五帝のほかに三皇といふのがある。泰皇(たいかう、タイコーと發音する)・天皇(てんかう、テンコーと發音する)・地皇(ちかう)である。これも道家が作成したらしい。
日本の天皇(てんわう)は、この三皇から來てゐるといふ説があるが眉唾である。三皇の中で一番尊いのは泰皇なので、もし三皇が語源なら、天皇ではなく泰皇とした筈である。
この三皇五帝の徳を一身に集めた存在が「皇帝」である。始皇帝を最初とする。後に秦帝國を滅ぼした項羽は、「霸王」を名乘つた。
だから三國志の孫策が「小覇王」と呼ばれるのは、「ミニ項羽」といふ意味である。名稱としては、「霸王」より皇帝の方が遙(はるか)に偉さうだ。
他に支那史には、「天皇(てんかう)」と名乘つた皇帝がゐた。唐の高宗である。皇后の武(後の武則天)は天后(てんかう)と呼ばれた。
日本の天皇は此の唐の高宗に倣つたものである、といふ説もあるが、これもどうだらう。僕には日本が「天皇」といふ呼稱を用ゐた方が早いやうに想へる。
ちなみに日本の天皇は支那向けには「皇帝」、歐羅巴向けには「エンペラア」と稱してゐる。江戸時代に大黒屋光太夫がロシヤに漂流した時は、世界に數少ない皇國の民として優遇されてゐる。
天皇は和語では「すめらみこと」や「すめらぎ」といふが、此れは「統(す)べる」から來てゐる、といふ説が一番有力である。
小數學説として「シュメールのみこと」といふのがある。古代日本がシュメールやメソポタミアと何らかの繫がりがあつた事は確かだと想ふので、一概に奇説とは言へないかもしれない。
天皇の子供は普通は親王や王と呼ばれる(女なら内親王や女王)中には王とすら呼ばれない方もゐられるが、かうした稱號は母親の身分に依存する。
現在では男系の孫までは親王號がゆるされてゐる。その子孫は普通、王か女王を名乘るのだが、内親王や女王は臣籍に降嫁すればさうした稱號が許されなくなる。
勿論、親王といふ稱號は王より格上である。歴史を見れば、弟が天皇になつても親王どころ王とさへ名乘れない一休禅師のやうな人もゐる。あれはどうした訣なのだらう。