白鳥庫吉の『國史』を讀むでゐたら、「後水尾天皇」の記述があつた。天皇經驗者としては、昭和天皇の次に長生きされた方だつたと記憶する。さて、今囘は「後水尾天皇」の讀についてである。


最近の研究書や小説はどれも「ごみづのをてんわう」と振假名をしてゐるのだが、隆慶一郎は小説『花と火の帝』の後書で、子供の頃は「ごみのをてんわう」と呼ばれてゐた、と記してゐる。


實は、白鳥庫吉の『國史』にも「ごみのをてんわう」と振假名されてゐる。濁音は忌まれてゐるので、國語には「死に樣」といふ言葉はあつても「生き樣」といふ言葉は存在しない。


これについてはかつて、「他人の生き樣について語る無禮者」といふ記事を書いた事がある。後水尾天皇もヅ音を嫌つて、「ごみのをてんわう」と呼ばれてゐた筈なのである。


この濁音を嫌ふ習性は南越南にもあつて、西貢(サイゴン)などでは婦人の民族衣装を「アオザイ」ではなく「アオヤイ」と發音する。


おつと、やつちまつた。現在は西貢(サイゴン)ではなく胡志明(ホーチミン)と改名されたのであつた。僕が高校生の時に共産主義者に侵略され、由緒ある地名は廢された。


因みに御歴代の名前を探しても、「水尾天皇(みのをてんわう)」は見つからないだらう。「水尾天皇」は、普通は「清和天皇」と呼ばれてゐる方の別名である。清和源氏は此の天皇から發する。