正月さうさう、アメーバニュースで面白い記事を見つけた。題して「猫鍋を食べた富豪が死亡」といふ、支那の事件である。
猫の肉は美味しいらしい。特にその刺身は「丘鰒(をかふぐ)」とまで呼ばれてゐる。ハンバアガアに猫肉が使はれてゐる、といふ都市傳説もあつた。
但し、犬肉や猫肉は牛肉や豚肉のやうに工業的に生産されてゐる訣ではない。豚や牛の飼育舍はあつても、犬や猫が食用として管理されて飼育されてゐる訣ではないのだ。
支那人が食する犬や猫、それから大熊猫(英語でジヤイアント・パンダと謂ふ)の肉は、だいたいが野良である。何を食べて大きくなつたものであるか分つたものではない。
因に大熊猫が貴重な動物となつてしまつたのも、支那人に食べられて絶對數が減つたからである。その貴重種を共産黨は、パンダ外交に使つてゐる。
二十世紀の前半までは、これに人肉が加はる。二十世紀に公然と人肉市場が機能してゐたのは支那だけである。二十一世紀の現代でも奧地のレストランでは、嬰兒の胎盤料理が食べられるさうだ。
人肉はともかく、犬や猫はちやんと生産管理して供給すれば良ささうなものである。犬牧場とか猫牧場とか。飼育する犬や猫の種類も食用に美味しいものに特化するのである。
かういふ事を自力で行ヘない支那の食文化に、僕は恐怖を覺えるのである。支那料理を食べるなら食材はチヤイナ・フリイの店を選びませう。
猫の肉は美味しいらしい。特にその刺身は「丘鰒(をかふぐ)」とまで呼ばれてゐる。ハンバアガアに猫肉が使はれてゐる、といふ都市傳説もあつた。
但し、犬肉や猫肉は牛肉や豚肉のやうに工業的に生産されてゐる訣ではない。豚や牛の飼育舍はあつても、犬や猫が食用として管理されて飼育されてゐる訣ではないのだ。
支那人が食する犬や猫、それから大熊猫(英語でジヤイアント・パンダと謂ふ)の肉は、だいたいが野良である。何を食べて大きくなつたものであるか分つたものではない。
因に大熊猫が貴重な動物となつてしまつたのも、支那人に食べられて絶對數が減つたからである。その貴重種を共産黨は、パンダ外交に使つてゐる。
二十世紀の前半までは、これに人肉が加はる。二十世紀に公然と人肉市場が機能してゐたのは支那だけである。二十一世紀の現代でも奧地のレストランでは、嬰兒の胎盤料理が食べられるさうだ。
人肉はともかく、犬や猫はちやんと生産管理して供給すれば良ささうなものである。犬牧場とか猫牧場とか。飼育する犬や猫の種類も食用に美味しいものに特化するのである。
かういふ事を自力で行ヘない支那の食文化に、僕は恐怖を覺えるのである。支那料理を食べるなら食材はチヤイナ・フリイの店を選びませう。