『論語』などの文はよく、「子曰」で始まる。これは普通、「し、いはく」と訓讀する。「先生が言ふには」といふ意味である。支那語では「ズ、ユエ」とか發音するらしい。


昔の日本人は孔子を大變、尊敬してゐたから「子曰」を「し、のたまはく」と訓讀した。前囘の記事に出て來た尊敬語である。意味は、「先生が仰有るには」といふ意味である。、


この孔子崇拜は、更に進んで、一部の人は「子曰」を次のやうに訓讀した。「しの、たまはく」である。この「たまふ」は補助動詞ではなく本動詞である。


つまり、「先生樣が御與へ下さつた有難い御話によると」といつた感じになるのかな。流石(さすが)に最近ではこのやうに訓讀する人はゐないが、かういふ訓讀があつた事さへ忘れられさうなので。


古文の敬語の話をずつとしてゐるので、丁度良い話題かな、と思つて載せてみた。次囘は謙讓語について解説する。尊敬語に比べるととても簡單だ。


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