日本の文化は三つの時期に大分類する事が可能だらう。第一期が、まだ支那との交流が殆ど無い無文字時代。第二期が支那の影響で文字の記録を殘し出して以降。第三期が明治以降の西洋化の時期。


日本の算術や音樂は、だいたいこの三分類に綺麗に當て嵌まる。まづ算術。第一期は原和算とでもいふべき算術があつた筈だ。第二期は和算と呼ばれる支那式算術の時代、第三期は數學といふ西洋式算術の時代。


次に音樂の話をしよう。第三期の西洋式音樂は、ドレミファソラシの七音で曲を作る。それに對して第二期の日本の音樂は五音で構成される。


實は日本の唱歌も流行歌も、七音を前提とした西洋式の楽譜を使用しながら、殆どは五音しか使つてゐない。七音は日本人にとつて覺えにくく歌いにくいのである。


この五音の音樂は支那といふよりもユーラシア・スタンダードなので、五音の曲である『スキヤキ』ソングが移民の国亞米利加で流行つたり、『北国の春』が支那で流行つたりもする。


そして第一期の古代音樂。久米歌などのやうに、日本の古い音樂は歌詞をゆつくりと一字一音で長く伸ばす。國歌『君が代』などが典型的な例である。或いは結婚式の『高砂』とか。


『黒田節』は明らかに戰國時代以降に作られたものだが、古代日本歌謡に近い歌い方をする、やうに樸には思へる。さーあーけーはーのーめーのーめーのーむーなーらーばー、てな感じである。


樸には日本の古代歌謡の面影をとどめた『君が代』のやうな名曲が、政治の道具・踏繪にされてゐる事が殘念でならない。本來、義務教育でキチンと歌い方を指導すべきだ。


このやうな古い歌謡形式がまだ僅かでも現代の日本に殘つてゐるといふのは、奇蹟以外の何者でもないのだから。