英語には、「牛」に該当する言葉が無い、といふ話を以前に書いた。今回は、その続きである。
穂積陳重氏の『忌み名の研究』(講談社学術文庫)によると、「『ズールー』人(Zulus)は『赤牛』『白牛』等の言葉を持つが、『牛』といふ汎称は持た」ないさうである。
「牡牛(ブル)」とか「牝牛(カウ)」ではなくて、「赤牛」「白牛」といふのが面白い。因みに「ズールー」人は南アフリカの部族で、「ズールー」は「天使」の謂(いひ)である。
「ズールー戰爭」とかの歴史を知つてゐる人は、思はず吹き出してしまふのではないか(笑)
まあ、我々日本人も「鯨」と「海豚(いるか)」を区別してゐるが、あれは同じ種の動物である。成長したときの大きさが確か三メートル以上のイルカの種を鯨と呼ぶ事になつてゐる。
つまり我々は鯨とイルカの汎称を持つてゐない。「赤牛」と「白牛」の汎称を持たないズールー人と、それほど違ひは無いのかも知れない。
それから、日本語と英語は蝶と蛾を区別する。ところがフランス語やロシヤ語には、蝶と蛾の区別がない。フランスの図鑑を見ると、パピヨンの項に蛾が載つてゐるさうだ。
何処までを区別し、何処までの汎称を持つかは、結局、民族固有の歴史や生活と深く関つてゐる、といふ事だらう。
エスキモーには、我々が「白」とよぶ色を表す言葉が十數語あるさうだ。
穂積陳重氏の『忌み名の研究』(講談社学術文庫)によると、「『ズールー』人(Zulus)は『赤牛』『白牛』等の言葉を持つが、『牛』といふ汎称は持た」ないさうである。
「牡牛(ブル)」とか「牝牛(カウ)」ではなくて、「赤牛」「白牛」といふのが面白い。因みに「ズールー」人は南アフリカの部族で、「ズールー」は「天使」の謂(いひ)である。
「ズールー戰爭」とかの歴史を知つてゐる人は、思はず吹き出してしまふのではないか(笑)
まあ、我々日本人も「鯨」と「海豚(いるか)」を区別してゐるが、あれは同じ種の動物である。成長したときの大きさが確か三メートル以上のイルカの種を鯨と呼ぶ事になつてゐる。
つまり我々は鯨とイルカの汎称を持つてゐない。「赤牛」と「白牛」の汎称を持たないズールー人と、それほど違ひは無いのかも知れない。
それから、日本語と英語は蝶と蛾を区別する。ところがフランス語やロシヤ語には、蝶と蛾の区別がない。フランスの図鑑を見ると、パピヨンの項に蛾が載つてゐるさうだ。
何処までを区別し、何処までの汎称を持つかは、結局、民族固有の歴史や生活と深く関つてゐる、といふ事だらう。
エスキモーには、我々が「白」とよぶ色を表す言葉が十數語あるさうだ。