『噫無情』(黒岩涙香訳)に、次のやうな文章がありました。
煖爐(すとーぶ)の上には今吹(ふき)消した許(ばか)りの手燭(てしよく)が猶(ま)だ煙を吐いて居るのに(後略)
そこで久しぶりに国語の試験です。「猶(まだ)」と「未(まだ)」の違ひを述べなさい。
解答
未(まだ)は漢文でいふ再読文字なので、正式には「いまだ~ず」といふ具合に必ず否定文が繋(つな)がります。従つて、肯定文に繋げる「まだ」は、例文のやうに「猶(まだ)」を使ひます。
まあ、最近の文には否定文につながらない「未(まだ)」も見かけるけど、漢文法の知識が無いんでせうね。
「須」は「すべからく~べし」、「将」は「まさに~とす」、「当」は「まさに~べし」なのですが、前の方だけ使つて~以降を無視した文をたまに見かけます。
最近の国語の授業では再読文字をキチンと教へてゐないやうです。先生がもう、そんな事は知らないのかもしれません。
流石(さすが)に黒岩涙香は、そこらあたりはちやんと理解して使ひ分けてゐます。かういふまともな文章に慣れてしまふと、戦後に書かれた意味不明の国文を読むのに苦痛を感じます。
煖爐(すとーぶ)の上には今吹(ふき)消した許(ばか)りの手燭(てしよく)が猶(ま)だ煙を吐いて居るのに(後略)
そこで久しぶりに国語の試験です。「猶(まだ)」と「未(まだ)」の違ひを述べなさい。
解答
未(まだ)は漢文でいふ再読文字なので、正式には「いまだ~ず」といふ具合に必ず否定文が繋(つな)がります。従つて、肯定文に繋げる「まだ」は、例文のやうに「猶(まだ)」を使ひます。
まあ、最近の文には否定文につながらない「未(まだ)」も見かけるけど、漢文法の知識が無いんでせうね。
「須」は「すべからく~べし」、「将」は「まさに~とす」、「当」は「まさに~べし」なのですが、前の方だけ使つて~以降を無視した文をたまに見かけます。
最近の国語の授業では再読文字をキチンと教へてゐないやうです。先生がもう、そんな事は知らないのかもしれません。
流石(さすが)に黒岩涙香は、そこらあたりはちやんと理解して使ひ分けてゐます。かういふまともな文章に慣れてしまふと、戦後に書かれた意味不明の国文を読むのに苦痛を感じます。