数学英語の初歩について、以前ブログに書いたが、基本的に英語は苦手である。それでも、外国語の知識があると国語(日本語)で書かれた文章の読み方が違ってくる。
例えば、「正統」なんて言葉を見ると、それが「オオソドキシ」なのか「レジテマシ」なのかと考えてしまう。正仮名遣の正は、勿論「オオソドキシ」だ。
「罪」なんて言葉を見ても、それは「シン」なのか「クライム」なのかと気になる。ある評論家がドストエフスキの『罪と罰』について『マタイ伝』を引き乍ら評論していたが、これは誤解である。
『罪と罰』は英語にすると「クライム アンド パニッシュメント」だが、『マタイ伝』に書かれた「罪」は「シン」の方である。見当違いな評論と謂(い)えよう。
神に背く罪を「シン」という。つまり、日本語にはもともと「クライム」に該当する概念はあっても「シン」に該当する概念は無い。だからこういう勘違いが起きるのである。
日本語の「科学技術」は、英語には無い言葉である。苦し紛れに「サイエンス アンド テクノロジ」と英訳したりするが、我々日本人が語る「科学技術」に、「サイエンス」が含まれる事はあまりない。
日本人は「サイエンス」を「科学」と訳したが、「サイエンス」というものを基本的に理解していない。だから「超常現象は非科学的だ」なんて意味不明の言論がまかり通るのである。
有限帰納法や統計的手法に本(もと)づいた仮説の検証を「科学的」というのだから、特定の推論方法や検証方法が非科学的という事はありえても、特定の対象物が科学的だったり非科学的だったりする訳ではない。
まだ他にもあるが、こうしてみると英語圏は本当に日本とは別世界だ、と気づかされる。外国語を学ぶ利点である。
例えば、「正統」なんて言葉を見ると、それが「オオソドキシ」なのか「レジテマシ」なのかと考えてしまう。正仮名遣の正は、勿論「オオソドキシ」だ。
「罪」なんて言葉を見ても、それは「シン」なのか「クライム」なのかと気になる。ある評論家がドストエフスキの『罪と罰』について『マタイ伝』を引き乍ら評論していたが、これは誤解である。
『罪と罰』は英語にすると「クライム アンド パニッシュメント」だが、『マタイ伝』に書かれた「罪」は「シン」の方である。見当違いな評論と謂(い)えよう。
神に背く罪を「シン」という。つまり、日本語にはもともと「クライム」に該当する概念はあっても「シン」に該当する概念は無い。だからこういう勘違いが起きるのである。
日本語の「科学技術」は、英語には無い言葉である。苦し紛れに「サイエンス アンド テクノロジ」と英訳したりするが、我々日本人が語る「科学技術」に、「サイエンス」が含まれる事はあまりない。
日本人は「サイエンス」を「科学」と訳したが、「サイエンス」というものを基本的に理解していない。だから「超常現象は非科学的だ」なんて意味不明の言論がまかり通るのである。
有限帰納法や統計的手法に本(もと)づいた仮説の検証を「科学的」というのだから、特定の推論方法や検証方法が非科学的という事はありえても、特定の対象物が科学的だったり非科学的だったりする訳ではない。
まだ他にもあるが、こうしてみると英語圏は本当に日本とは別世界だ、と気づかされる。外国語を学ぶ利点である。