試飲会終了の20時になるや否や我々は、すっかり片付けの済んだシュロス・ザールシュタイン醸造所の奥さん

アンドレア・エバートさんとともに会場のホテルを出てタクシーに飛び乗った。実は先日来のメールでのやり取り

の中で、今回は自分達のインポーターを探すための来日であること、日本へ来るのは初めてであり、同業者との

団体ツアーであるとはいえ独りで初めての日本は少々心細いことなどを聞いていた。顧客ではあるが日頃

素晴らしいリースリングを堪能させてもらっている上に、6年前や一昨年はこちらの訪問を温かく迎えてもらった

相手だけにそのままハイさようならで帰してしまっては男が廃る。そこで思い切って夕食ご一緒にいかが？と

提案してみたところ、それは願ってもないとの嬉しいお返事。おまけに寿司や刺身が大好きであるという。

それなら我が行きつけの寿司屋へご案内しましょう、という具合にスンナリ話がまとまったという次第である。

大阪・梅田のリッツ・カールトンからタクシーに乗ること約15分。西成区にある「勇寿司」はもう15年も通い慣れた

我が家のようなものであり、ここのネタの鮮度や品質、そしてコストパフォーマンスに勝る店を未だに知らない

知る人ぞ知る名店である。探せばどこにでもあるような小さな構えの寿司屋だが、自信を持って彼女を案内

したのであった。

好きだという寿司についてなど、道々いろいろ尋ねてみた。

「今夜のため、東京では寿司は食べませんでした」

「ドイツの寿司は高いくせにネタの鮮度が悪いのよね」

「両方好きだけど、どちらかと言えば寿司より刺身の方が好きね」

「東京で見かけた刺身はほんの切れ端しかなかったので、ちょっと物足りなかったわ」

どうしてどうして一家言お持ちのようで、なるほど案内し甲斐のあるお方である。(^人^)

ここで会場からドカッと持ち込んだワインを飲みながら食べるのかと思ったが、彼女の希望で日本酒を飲む事に。

そりゃそうだ、せっかく日本の寿司屋に来たんだからそうするのがこの機会を愉しむ最善の道に違いなかろう。

店でいつも飲む酒（銘柄失念）を冷で頼んで乾杯。

「ザケ（ドイツ人は濁ってそう発音する）は梅が原料ですか？少し甘いですね」

拙いドイツ語でお米が原料であることを説明する。造り方についても質問されたがそんな事はよくわからない。

なんとか適当な単語を並べてある程度は理解してもらえたようだが、この後次々と出て来る魚や料理について

四苦八苦しながら説明することになる。サザエの突き出しに始まり、鮪の赤身とトロ、鯛、シマアジ、鱧、鳥貝、

雲丹、鰹のたたき、もちろんそれらにつける醤油や山葵、ポン酢醤油、梅肉や酢味噌、そしてガリやはじかみ、

紫蘇の葉っぱ、大根のけん、鯛の子と筍の煮つけ、ワカサギの天ぷら、等々。ここでは持参した秘密兵器の

電子辞書が予想以上の威力を発揮してくれて大助かりであった。

「ドイツでは寿司ネタと言っても、マグロかサーモンかタコしかないのよ。タイは食べたことないわ」

「ドイツのワサビは粉を水に溶いて作るんだけどとても辛いの。でもこれはとても美味しい」

「ドイツでは刺身は醤油とワサビとショウガを混ぜて食べるんですよ」

「ハモはジルヴァーナに合いそうね」

「ドイツ人は豚肉ばかり食べてて不健康。でも魚は健康に良いから好きなの」

「酢味噌って、ミュンヘンのヴァイスヴルストに合うと思う」

「ワカサギの天ぷらにはジルヴァーナが合うわね」

器用に箸を使いながら、ひとつひとつの食材を実に興味深げに吟味する様はまさに試食という感じである。そして

度々日本語で「美味しい！」。初めて訪れた日本の寿司屋を思う存分堪能していただけたものと自負している。

プライベートなことも訊いてみた。日常はどんなワインを飲んでいるのか？

「まず、冷蔵庫に入っている試飲ボトルの残りを1本片付けます。それからもちろんリースリングも飲むけれど

ドイツ産ピノ・ノワールもよく飲むわ。私はもちろん実家（ハンス・ヴィルシング醸造所）の父が造るジルヴァーナが

好きなんだけど、クリスチャン（夫）はジルヴァーナが好きじゃなくてリースリングが好き。自分達のだけでなく

他所のリースリングも飲みます」

「それから週に1～2日は休肝日をとるようにしてます。我々には宗教上の理由で年に1ヶ月間の禁酒期間もある

んですよ。そう、誰かが言ってたわ。年に1ヵ月間、月に1週間、週に1日は休肝日をとりなさいって。あなた達も

そうした方が良いわ、健康のために」

ヴィンツァー（醸造家）から直々にこんな説教をされるとは思いもよらなかった。赤ワインについても尋ねてみる。

「私の実家では少ないながらもピノ・ノワールを作っています。輸出はしていなくて、主に家庭用のだけれど。

フランケンのシュペートブルグンダーの古木をベースに、それにブルゴーニュのピノ・ノワールを接木したもの、

スーパー・ピノ・ノワールと呼んでいるんだけど、これが素晴らしく美味しいの。最近は地球温暖化で良いピノ・

ノワールが出来るようになったわ。一度飲ませてあげるからフランケンにおいでなさい」

他の醸造家で仲が良いのは？

「同じザールの同業者エゴン・ミュラーさんとは仲が良いし、カルトホイザーホーフのクリストフ・ティレルさんとも

親しいわ。それからマキシミン・グリュンハウスのフォン・シューベルトさんとはいつも一緒にアメリカへ行くし

私達夫婦とはよく一緒に猪狩りに出かける狩猟仲間なんですよ」

もちろん醸造所やワイン造りに関する基本的な事柄についても尋ねてみた。

まず葡萄の樹齢について。去年早々に売り切れて危うく入手し損なうところだったシュペートレーゼ辛口アルテ・

レーベン、この古木（Alte Reben）とはいったい何歳なのか？醸造所の所有する一番古い葡萄の木は、第二次

世界大戦中の1943年に植えられたものだそうである。その後、一定の区画毎に植えられた葡萄の年代は上の

写真に手書きしてもらった通りである。

天然酵母（Natuerliche Hefe）と純粋培養酵母（Reinzuchthefe）の使い分けはどうしているのだろうか？

天然酵母は甘口ワインに、培養酵母は辛口ワインに使用しているという。

ステンレスタンクと木樽の使い分けは？

基本的にステンレスタンクは軽いワインや辛口ワインに使用する。澄んだアロマや薫り立つアロマが出せるので

クリスチャン氏はステンレスタンクを好んで用いるという。例えばシュペートレーゼ辛口アルテ・レーベンは、100%

リースリングだけの純粋な味わいを出すためステンレスで発酵させるのだとか。一方良い木樽はアウスレーゼに

使用する。安い木樽は安いワイン用。木樽で造ったワインはステンレスのそれに比べて、酸の当たりが穏やかに

なるという。ただ木樽の比率は少なく、最大でも10% まで。

QbAワインには補糖（Suessreserve）している？

味見しながら必要であれば少しだけ加えるが、もちろん100% リースリングの葡萄ジュースをである。ミュラー・

トゥルガウなどの他の物を加えるとまったくダメだそうだ。

22時半を過ぎる頃にもなるとさすがのアンドレアさんもそろそろ眠たそうな様子。名残惜しいがこの辺でお開きに。

それにしても東京に着いてからそのまま寝ずに慌しい観光をし、翌日は東京でのプレゼンテーション。そして今日

は大阪でのこの会に参加して、明日は早朝に起きてもう飛行機に乗って帰るという。あまりにも慌しいのでもっと

ゆっくり出来たら良いですねと言うと、予想に反して数日間で充分だという。

「だって私が留守の間ワインはたくさん売らなきゃいけないし、家事はもちろん葡萄畑の世話、新しい葡萄の木も

植えないとダメだし、子供達の学校への送り迎え、そして試飲客の応対など、たぶん今頃夫はボロボロになって

るんじゃないかしら。ウチの醸造所は従業員は1人だけで、あとは研修生が2名いるだけの零細ですからね」

帰りのタクシーでもいろいろと話を聞く。

「ウチには13歳、12歳、11歳の娘がいて、末娘のビクトリアはこの8月に国際青少年休暇というツアーで東京にも

来る予定なんですよ」

「収穫手伝ってくれるんだったら10月から11月に来てくれると助かるわ」

「試飲で晩に来てくれたら、私が料理でもてなしますから」

「でも今度来る時には少しは日本語も勉強して来なくちゃね」

「2008年のリースリングは2007年に比べるとずっと酸がきついわよ」

それはこちらの望むところである。

タクシーでリッツカールトンまで彼女を送り届け、別れ際に再会を約束し、その帰り道。

「そんな訳で、夫とは一緒には来れないのよね」

少し寂しげに彼女が言った言葉が耳に残る。いつも独り旅だなんて、やっぱり醸造家って大変なんだなぁ。

ということは今度は旦那が独りで来ることもありうる訳だ。いずれにしても次はこちらが押しかける番である。

普段使わない脳みそをフル回転したおかげでヘトヘトになって帰宅。結局アンドレアさんには2008年産のザールシュタインの新酒を3本、試飲会で開けなかったヴィルシングのフランケンワインを3本、そして試飲会に使った

まだ残りの入っているボトルを4本、合計10本も貰ってしまった。なんか夢のような話である。彼女の話の7割ほど

しか理解出来なかったしこちらは言いたい事の3割も話せなかったが、まぁ得難い経験が出来た事を感謝したい。

そして毎晩飲んだくれていないで、もうちょっと真面目にドイツ語を勉強しようと思った次第である。

拙いドイツ語で接待