本が自分によびかける感覚…とでも言おうか。
何言ってんだ?と思われるかもしれないが経験ある人はおられると思う。
自分は本屋が好きで休みの日や発散したい時とかよく本屋に行く。本棚の間をふらふら歩きながら眺める景色が心を落ち着かせる。表紙を眺めたりなにか気になるタイトルがあれば手にとってみたり。
高校の頃からこれでもかってくらい本を読んで大学の頃はもう活字中毒かって位になってたから本の中に埋もれると落ち着くのだ。
で、滅多にない事なのだが、本がよびかけてくる時がある。
大学の頃ミナミのある本屋で一つの文庫本に目が止まった。派手な表紙とか面白そうなタイトルとかそんなんじゃなかった。
ちなみに本は値段を見ずに買う性癖がある。欲しいと思えば本は買う。父親が本を買う金だけはいつでも出してやる、本を読めと小さな頃から言われていた影響か。
だから買わないと言う選択をした自分が新鮮だった。
それから数週間たって、暇つぶしに大学構内の本屋を眺めていた時だ。
ふと気になって眺めた棚にまたあった。
ナイフだ。手が自然に伸びて行く、が止めた。なんて言うかまだ読む勇気がないって言う感覚になっていた。本は確かに自分を呼び止めている。その感覚をひしひしと感じていた。
俺だろ?早く読んでくれよ。必要としてるんだろ?
その本は確かにそう言っていた。
その時は友から電話がなりいつもの図書館に呼び出されて結局買わなかった。
本好きの友に、文学部だからみんなそうだが、重松清をそれとなく聞いてみたがその本は読んでいないようだった。
バレー部のリーグ戦の最中って事もありそれから数週間頭からその本は消えていた。
リーグ戦が終わり最寄り駅の本屋に行った時だった。不思議な感覚だが、入った瞬間から足はその棚に向かっていた。いつもは行かない本屋だからそれがそこにあるなんてわからない…だが導かれるようにそれの前にいた。
待ってたよ、さあ早く。
レジに向かいながらそれは手に吸いついて自分に話しかけていた。
貪るように読んだ。確かにその時感銘を受けた。ああ、やっぱり本が呼びかけていたって思えた。
深夜親友を呼び出し熱く語った。
それからそのような感覚を得た本は必ずその時買った。それは確かにその時その時自分に必要なものだった。
不思議なのはジャンルはバラバラであまり自分が好んで読むものではない事だ。
そう言うものにそういうものが潜んでいるものなんだろう。
最近そういう感覚を得ていない。
あの感覚…わかる人にはわかる感覚である。




