芥川賞について。
石原都知事の、ここ近年の選評は「棒にも箸にもかかない」という一文が多い。
そんな気がする。凄いこきおろす。
彼に言わせると、カタカナのタイトルは気に入らないらしい。日本式英語がどうにもチャラく感じるようだ。
一方で彼は「この作品のメタファは~」と言う。日常でメタファという単語を聞くことはない。
彼のこの横文字はどうなのだろう。
横文字は大変な勢いで増殖している。 イシューがどうとか、コミットメントがどうしたとか、ソリューション、アサーティブが云々とか。これらと石原氏のメタファ発言は趣が全く異なるけど。
格好よく見えるからなのか。
どうみても横文字である必要はないものばかり。イシューなんぞ、「問題」とか「課題」と言えばいい。 こうゆうのを連発されると、石原さんのような気持ちになるんだろうか。
所謂、鼻持ちならないという奴だ。それは分かる。
それはともかく、石原都知事に負けじと前回の芥川賞で村上ドラゴンさんも悪く評している。
読んでて気分が悪くなったという趣旨の評論だった。 山田詠美氏も辛辣評。この人は怖い。近くにいたら、きっと嫌いになる。
大正~昭和にかけて、文章のセンテンスは長くなっていった。大江健三郎も長かった。 野坂さんなんか、蛇みたいにニョロニョロ長かった。 最近のものはセンテンスが短い。
散文調が多い、というより主流になっていると思う。いやいや、散文というかインスタント・ライティングと言ったとこか。 散文で良いものは空気、色素、間の演出を感じることができるが、上記のは行き当たりばったり。
あらら、俺も横文字使ってらw
しかしインスタントカルチャーだと思う。
ここ近年は。
ツイッターの流行等はどうだろう。 SNSやAmazon、Appleの製品の流入は他人事じゃなく、重く、重く、重く考えてみる必要があるんじゃないかと思っている。
どこかしら、今のサイクルに違和感を感じないだろか。
と、たまには真面目に色々考えてみたww
周囲は芸能情報と近所の事件、仕事の愚痴、誰それの恋愛事情、またはそれに類する話題しかしない。退屈だ。 僕はカレーが好きだけど、三日も続けて食えば嫌になる。これと一緒で、逆羽目外しをしたくなった。
しかし石原都知事は相変わらず憎たらしい。