津田塾物語 | Kouji Okafujiのブログ

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津田塾は、当初は早慶に並ぶ難関で、どういうわけか転職先に新人として一人だけ入社した。

転職先は、最終的に吸収合併で西門真、最近OBPに移って並の会社として消滅した。

その名古屋にできた最初の頃に令子さんという津田塾女子がいたわけだ。

名大あたりで富士通に落ちて入社してきた男子など相手にならなかった。

ということに気がついている社員が、そもそもいなかった。

スキーとかテニスで遊んでもらったが、キャンプの時に食生活で差を感じた。

令子さんがとっておきのお肉を用意したのだが、名大勢では食べ残してしまった。

その後本社所在地に吸収合併、自然消滅した我々と違って令子さんは

 渡米、オラクル、帰国して大手役員

と津田塾の王道を行ったため、卒業生講演で

 男社会

と我々の会社を一瞥してご好評いただいた。

結局は令子さんが我々の中でも出世頭で、たとえ本社のCEOを持ち出しても

 経歴では令子さんに敵わない

まさか、そんなことになるとは当時は思いもしなかった。

では、男社会とは一体どういうものだったのか。

当時の令子さんの言葉を思い出してみると

 手配師

という言葉で批判していたのを覚えている。

つまり、男社会というのは

 能力主義

でないということだ。