日本が「侵略戦争」をしたのではないという考えが1951年にあった。

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 最高司令官を解任されて帰国したマッカーサー元帥はワシントンに呼ばれ、1951年5月3日、米国議会上院の軍事外交合同委員会で証言した。

 「Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security(=日本が戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだった)」と。
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日米開戦に至る過程で米国の特定の人達の意向が強く働いていた。
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開戦前の日米和平交渉の経過や、当時のルーズベルト大統領が議会承認を得ずに「ハル・ノート」という最後通告を日本に突きつけた事実は、米国人にも隠されていた。

 ハル・ノートの草案を書いたハリー・ホワイト財務次官補は、後に「ソ連のスパイ」だとバレて自殺した。日米開戦支持の議会演説を行ったハミルトン・フィッシュ下院議員は、すべての真実を知って大激怒。自分の演説を恥じ、「ルーズベルト大統領を許せない」と死ぬまで言い続けた。
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日米関係のみならず、国際情勢全般について、最新情報へのアップデートをお願いしたい。

By ケント・ギルバート


知らされていない情報が公開されたことに基づき新たな考えに至るのは「歴史修正主義」とは言えないでしょう。