群青さんが書かれた内容について、私の認識と、書き方が違っているので、私なら、このように書くかなぁなんて思いで、この記事を掲載してみようと思う。

以下の引用した部分に、赤字で追記、編集してみようと思います。
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ドイツではメルケル首相にも継承されているが、ヴァィツゼッカー大統領の1985年5月8日の連邦議会での、ドイツ降伏40周年にあたる演説は(一部では)有名である。

「過去に目を閉ざす(ドイツ国民)は、結局のところ現在のドイツ国民も盲目となります」

「若い人たちにお願いしたい。
 他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。
 敵対するのではなく、たがいに手をとり合って生きていくことを学んでほしい。
 われわれ政治家にもこのことを肝に銘じさせてくれる諸君であってほしい」


この30年前のフレーズを知っている人は少ないだろう。知らない人はいないだろう。

1985年5月8日の連邦議会での演説の中の有名な一節は、演説が行われた当初は特に注目されていなかった。
日本で最初に見出しにしたのは、岩波書店の雑誌「世界」1985年11月号
朝日新聞は同年11月3日にコラムで取り上げている


ヴァィツゼッカー大統領は、貴族(男爵)。毛並みの良い家柄のようだ。

そしてまた、自らも第二次大戦では、ナチスの元にドイツ軍兵士としてポーランド侵攻作戦に参加
東では対ソビエト戦である東部戦線にもナチスの元で参加している人物である。

さらに父親は、ナチスドイツの外務次官だっため、ニュルンベルグ裁判で裁かれている。

父親の罪状は「侵略戦争を指導した」とする平和に対する罪(いわゆるA級戦犯)
最終的に懲役5年、1950年に恩赦で釈放。

父親の罪状についてヴァイツゼッカーは回想録で「まったく馬鹿げた非難だった。
真実をちょうど裏返しにした奇妙な話である」と全面的に否定
裁判の不当性を強く非難している。

ヴァイツゼッカーは父親がナチス親衛隊の名誉少将に任じられていた点
外務次官として独ソ不可侵条約締結をとりまとめ、
ユダヤ人迫害への加担でも有罪になっていること
などについて回想録では一切触れていない。

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って感じですかね。

まぁ、この人物像については、
ヴァイツゼッカー来日発言への疑問――西尾幹二さん
を見て頂ければ、「群青さん」の書かれたイメージと違うように感じる方もおられるかもしれません。

まぁ、「色んな情報、発言」が簡単に検索できる時代ですから、色々と探されてみるのがよろしいかと思います。

私は、特に「一文だけ抜き出し」て評価しているような場合は「要注意」だと思っております。