産経新聞系の夕刊フジのサイトで
経産省は18日、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度の見直しを発表した。
という記事を掲載しました。
詳細は、以下の記事をご覧頂ければと存じます。
菅元首相「負の遺産」2年で崩壊 経産省、再生エネ固定価格見直し発表
現状では当然の内容だと思います。
東日本大震災を起点として、突如として出てきた制度で、拙速な議論の基、決定したという認識でおります。
一部報道では、当時の菅総理が「私を辞めさせたければこの法案に賛成しろ」と言ったとかという話もでています。
私は基本的に、現状では太陽光発電も、風力発電も、安定的な電力供給が出来ないので補助的な位置づけでしか利用できないと考えております。
しかし、その補助的な電力を基幹系の電力に供給しようというのですから最初から無理筋の話なんだろうと思っておりました。
ようやく、電力会社の言い分も認める世論になってきたという所でしょうか。
数年前は、電力会社の言い分を聞く雰囲気はありませんでしたからね。
太陽光発電、風力発電の一番の問題点は、「安定供給が出来ない事」なんです。
私は工業系が弱いので聞きかじりなんですが、基本的に電力会社は24時間365日、50Mhz/60Mhzの交流電流を供給しているという事です。
これが崩れると、「停電」となるという認識らしいのです。
従って、電力会社は火力発電、水力発電、原子力発電という方法で安定的に電力供給する手段を何十年もかけて構築してきている。
それが、急遽、その基幹系に、太陽光発電のように太陽光の当たり具合によって増減する電力を受け入れろという政策がでて、体制を整える訳になったのですから、電力会社は大変な課題、業務をしょい込んだ事になります。
それでも、ひとまず「世論」の動向、「政府」の方針もあったので受け入れていたのでしょうが、自民党政権に変わり、与論の変わったのでようやく「意見」を言えて、「経産省」も動いたという事なんでしょう。
太陽光、風力発電を自宅に設置し、自宅で消費するのなら何も文句もいいませんし、それは良い事だと思います。
ただ、それは「国策」となると話は違って来ると思います。
「政策の継続」は大事だと思いますが、間違っていると思われる事は検証、仕分けをして改めて行く。
今回の選挙にて「自民党」に300近い議席を引き続き与えたのはこのような誤りを正すために必要と思う人が多いという事を指し示しているからなのではないかなと思いました。
そういう意味で「選挙の大義」はあったし「国民の意思が示された」選挙だったのだと思います。
経産省は18日、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度の見直しを発表した。
という記事を掲載しました。
詳細は、以下の記事をご覧頂ければと存じます。
菅元首相「負の遺産」2年で崩壊 経産省、再生エネ固定価格見直し発表
現状では当然の内容だと思います。
東日本大震災を起点として、突如として出てきた制度で、拙速な議論の基、決定したという認識でおります。
一部報道では、当時の菅総理が「私を辞めさせたければこの法案に賛成しろ」と言ったとかという話もでています。
私は基本的に、現状では太陽光発電も、風力発電も、安定的な電力供給が出来ないので補助的な位置づけでしか利用できないと考えております。
しかし、その補助的な電力を基幹系の電力に供給しようというのですから最初から無理筋の話なんだろうと思っておりました。
ようやく、電力会社の言い分も認める世論になってきたという所でしょうか。
数年前は、電力会社の言い分を聞く雰囲気はありませんでしたからね。
太陽光発電、風力発電の一番の問題点は、「安定供給が出来ない事」なんです。
私は工業系が弱いので聞きかじりなんですが、基本的に電力会社は24時間365日、50Mhz/60Mhzの交流電流を供給しているという事です。
これが崩れると、「停電」となるという認識らしいのです。
従って、電力会社は火力発電、水力発電、原子力発電という方法で安定的に電力供給する手段を何十年もかけて構築してきている。
それが、急遽、その基幹系に、太陽光発電のように太陽光の当たり具合によって増減する電力を受け入れろという政策がでて、体制を整える訳になったのですから、電力会社は大変な課題、業務をしょい込んだ事になります。
それでも、ひとまず「世論」の動向、「政府」の方針もあったので受け入れていたのでしょうが、自民党政権に変わり、与論の変わったのでようやく「意見」を言えて、「経産省」も動いたという事なんでしょう。
太陽光、風力発電を自宅に設置し、自宅で消費するのなら何も文句もいいませんし、それは良い事だと思います。
ただ、それは「国策」となると話は違って来ると思います。
「政策の継続」は大事だと思いますが、間違っていると思われる事は検証、仕分けをして改めて行く。
今回の選挙にて「自民党」に300近い議席を引き続き与えたのはこのような誤りを正すために必要と思う人が多いという事を指し示しているからなのではないかなと思いました。
そういう意味で「選挙の大義」はあったし「国民の意思が示された」選挙だったのだと思います。