先日の「テレビ朝日」の「報道ステーション」の中で古館伊知郎氏の発言が一部問題視されているようです。

私が直接見ているのではないので、引用となりますが以下のような内容だったようです。

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長崎県対馬市でまたしても起きた韓国人による仏像窃盗事件についての発言
なぜかカメラに向かって仏の教えを説いた。

「仏教ってのはそもそも生きる上で物質世界にとらわれている。
「その執着をダメだよっていう教えでもあるんですけどね」

「こだわることを忘れなさい」

「そりゃ対馬の方々、お寺さんも本当に(怒っている)...というのは分かるんです」

「その大般若経のことは分かりませんけど、般若心経の有名なお経で言うと、『とらわれることから離れなさい』と『こだわることを忘れなさい』と。こだわらない心、とらわれない心、そういうことを教えてくれるんですよね」

「経典が盗まれたということは、あまり執着が薄いんですよ。一番肝心なことはそっちに書いているんですよね」

「物に執着する我々みたいなのが浮き彫りになるんです。皮肉にも」
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私はこの人の発言に同意することはない。

まずは、住職様も、報道を見た人も、仏像や経典に「執着」しているのではなく、「盗まれた」事を怒っている事。

そして、この恥ずべき行為を平気で行う「感覚」の「韓国人」に怒りを持っていること。


テレビ局の方針、若しくは、報道ステーションの制作側の理由で言わされているのであれば「哀れ」な芸人だと思います。

もし、ご本人の本音で言っているのであれば「哀れ」な人だと思います。

何にしても、公共の場でこのような自分だけが判っていて、あなた方は知らないですよねという発言が出来てしまう「哀れさ」を感じてしまします。

覚悟を持った発言なのでしょうから、今後、この件について「謝罪」なきことを祈ります。
謝罪なんてしたら、もっと「哀れ」な人間になってしまいますよ。