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先週末はこちらも目を付けておりました平和記念展示資料館、「帰還者たちの記憶ミュージアム」に行きました。

新宿住友ビルの33階にあります。

何せ田舎者ですので迷いに迷いながらようやく行き着きました。



 

こちらの資料館、何と無料です。
2時間程の滞在でしたが、駐車料金も1200円で非常に助かりました。



当時の歴史を始め、切迫した状況を肌で感じるように学べました。係員の方にお写真を撮っていい場所を伺いましたので共有させて頂きます。




 

赤紙こと臨時召集令状。
本物です。
この紙切れ一枚で人の命が左右されました。






カタカナで「カカカカカ…」と読んでしまいましたが、「チカラ」の「力」でした。

勇猛な虎を描いた千人針からも強い想いを感じます。








こちらの右のコートは袖がありませんが、空腹に耐えかねてソ連の労働者とパンを交換していたそうです。




お腹が空いているからスプーン作りで気が紛れたのでしょうか、それとももっとお腹が空いたのでしょうか‥。お母様を想って彫られた文字にも胸が痛みます。

また、「飯ごう」を巡り殺人事件もあったと読み唖然としました。







慎重に慎重にパンを切り分けてらっしゃいます。当時をイメージできるリアルなジオラマでした。







ご飯、漬物、お味噌を貪る子供たち。
本当にごちそうだったのですね。お母様のお顔はどことなく安堵してらっしゃるかのようです。


資料館では無料で漫画を配布してらっしゃいました。
読みごたえがあり、無料なのが有り難かったです。





私がこの度こちらの資料館に赴きシベリア抑留について知りたかったのは、私の父方のおじいちゃんがシベリア抑留の生き残りだったからです。


おじいちゃんは若くしてアル中で、晩年も病気になるまでアル中でした。おじいちゃんは酔っぱらいながらボロクソに当時の扱いを話してくれたのをおぼろげに覚えています。


私が小学生の時に出来た初めての外国人のお友達はロシア人のマーシャという女の子でした。


天使の様にかわいいマーシャが大好きだった私は、お互いの家に行き来し、髪の毛をいじり合い、絵を描いて遊びました。彼女の金髪で長い髪は、糸のように柔らかかったです。

なぜおじいちゃんがロシア人を恨んでいたか子供ながらに疑問に持ちましたが、図書館に通っては戦争の本を読み漁るようになりました。答えがわかったのは、うんと後の話です。

おじいちゃんの酒癖の悪さをおばあちゃんは嘆いていましたが、今思えばおじいちゃんは重度のPTSDだったかもしれません。あの時代、周りがおじいちゃんのトラウマを理解してあげられなかったかもしれません。 


おじいちゃんの若い頃の写真は殆どありませんが、戦友会の集まりの写真がありました。それを元におじいちゃんの戦争時代の様子を辿りたいと思う最近です。


よくよく考えれば、おじいちゃんがシベリア抑留から生き残らなければ父はおらず、私は生まれてませんでした。

シベリアで亡くなられた全ての兵士の方々に祈りを捧げると共に、生き延びたおじいちゃんを始めとする方々にもただ「ありがとうございます。お疲れ様でした。」と心の底からお伝えしたいです。



おじいちゃんの苦しみを私も理解してあげたい。 

過去を知り、未来に繋ぐ。

戦争にまた巻き込まれてたまるか。



そう思っていたそんな時、しれっと我が国にもミサイル配備がされていたことを知り、静かな怒りが沸き上がります。


政府は何を知っていて、なぜ焦っているのか。
我々には何が差し迫っているのか。