自分を見失った人間は、人の見方も歪んでくるものだ。

 

 

 

自分に対しての信頼がないのに、

そこから映る他人を斜めに見てしまうのは、

 

 

普通のことだろう。

 

 

 

仕方がない…

どうしようもないのだ。

 

 

 

もがきながら

すがるように

生きていた時に、出会った人がいる。

 

 

話が胡散臭い?

 

 

こちらは一応、お金払ってる客だからか?

 

この熱さはなんだ?

 

話の意味がわかない…

この方の言ってることが。

 

難しいことを言ってるわけではない。

 

内容が壮大過ぎる。

 

締め付けられるほど眩しい。

 

いや、綺麗ごとなのか?

 

本気なのか?

 

ファンタジー?

 

信じがたいのだ。

 

話の内容が、ではなく

そんな事を言い放ってしまう

人間がいるのかと。

 

 

思考が追いつかない。

 

 

が、それを上回って

 

 

心が先に動いたのだ。

 

 

 

理由不明の涙が溢れた

目頭が焼け付くように熱い。

 

 

自分不信の人間にも、

自分の心に従わざるを得ない瞬間というものがあるんだと。

 

 

 

それを何度か経験したとき、気付いたのだ。

 

 

この人は、わたしよりもずっとずっとずっと

 

 

私を信じている。

 

 

わたしが私を信じられるようになるまで、

僕はいつでも、いつまでも

ここにいるよと。

 

 

 

相手に依存させたりはしない。

 

 

この人の支えがないと生きていけない。

幸せになれない。

なんていう、表面的な寄り添い方はしない。

 

 

 

でも、僕の存在は

 

 

あなたが最高に幸せになるため、

無限の可能性を引き出すために、

必要不可欠である。と、

思わせてくれる。

 

 

 

なんでもありだよ!

あなたは、大丈夫!

 

 

 

それがどんなに心強いことか。

 

 

 

誰と出会うかで、セルフイメージは変わる。

人の見方も歩み方もかわっていく。

 

 

 

今度は私が誰かを信じてみたい。

 

 

 

新しい世界を存分に楽しむために。

 

 

今日も心に、JOYを!

       

         Moco