回の記事 (「主役になりたかった脇役」)で、

子ども達の学校で4月に行われる

ミュージカル「Simon Says」

の配役について書きましたが、

その台本を読んで一つ学んだことがあります。


聖書の中には、救世主の誕生、処刑、そして復活、

これを信じる人たちには、永遠の命が与えられる

という預言が50以上もあります。

その50以上もの預言は、全部一つ残さずイエスによって実現されました。

言い換えれば、イエスは、唯一全部の預言に附合する「人」なのです。

8つの預言を一人の人がすべて実現するだけでも

100,000,000,000,000,000分の一の確率だと言われています。


10京分の1の確率。

普段の生活の中で「京」の単位なんて使わないので

すっかり忘れてしまい、調べてみて改めて「京」だと分ったのですが、

8つでさえこの確率ですから、

50以上ともなると、もうあり得ないに等しい確率です。


もっとイメージがわくようにように、図に置き換えてみますと、こんな感じです。

10京個のコインのうち、一つにマークを付けて、

これらの10京個のコイン全部をアメリカのテキサス州の地に並べると、

テキサス州全体の面積で2フィートの高さになるくらいの数だそうです。

その状態で、テキサス州全州を目隠しして

あらかじめマークされたそのコインを探し当てる確率が

10京分の1の確率なのだそうです。


これは、8つの預言すべてを同一人物が実現する確率です。

イエスは、50以上もの預言をすべて実現しました。

それが奇跡といってもおかしくないことがこれでわかると思います。

と同時にイエスがヘブル人の待つ、預言された救世主である

ということの信憑性にも力強い証拠となるのではないでしょうか?


イエスが4,000年もの間に渡って預言された

「いつか現れる救世主」の条件すべてに附合することは


知っていましたが、その確率を改めて数字で見て、

そして、その数字の意味を上のように分りやすいイメージに置き換えてみて

初めて震撼するものを感じました。



歴史は聖書で預言されたように確実に進んでいます。

私達は、みな違う信仰を持っています。

「神はいない」と信じる無神論説も一つの信仰です。

実は、「神はいない」と信じる事の方が

「神はいる」と信じることよりも

信仰のいることだと知っていましたか?


聖書はただ読むだけでは、

何の事を言っているのかさっぱり分らない

と思う箇所も多いと思います。

ですが、心をオープンにし、

「御言葉が分るように」祈りつつ読み続けると、

必ず「目のうろこ」が剥がれて、
聖書が生きたものとなって、

心に残ることを堅く信じています。



「わが口から出る言葉も、むなしくわたしに帰らない。わたしの喜ぶところのことをなし、わたしが命じ送った事を果す。」

イザヤ書55章11節
と神は言っています。

聖書に書かれてある、秘められた神の御心が

一人でも多くの人の心に届き、

その人の霊の糧らとなり、心の乾きを潤す泉となることを

心から祈って。