人間の無限の可能性を教えてくれる親子【TEAM HOYT】 | オンライン・コーチ起業術@瀬賀

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この世で最も美しいもの
それは、頑張る人の姿


Team Hoyt
感動です。


この親子の物語は、
人間の限りない可能性を教えてくれます。






1962年にホイト夫妻に、
リックという男の赤ちゃんが生まれました。

リックは出産時にへその緒が絡みつき
脳に損傷を受けたため、
四肢のコントロールが麻痺してしまいました。


体を全く動かせない彼の望み
それが、走ることでした。


父親のディックと息子のリックの
チーム・ホイトと呼ばれています。


それはディックが、
どのマラソンにもリックを連れて走るからです。

ディックなんと合計85回も
リックを押して走りました。

そのうち8回はトライアスロンに挑戦し、
押すだけでなく、

小型ボートにリックを乗せて引っ張って泳いだり、
自転車でペダルを踏んで運んだりすることもありました。



リックが9ヶ月のときには、
医師から一生植物人間のような状態になる
と言われました。

施設に入れることを勧められました。

が、ディックと妻のジュディは息子の目が
二人を追いかけていることに気づきました。
そして、愛する息子を病院施設に入れることを拒みました。



リックさんが11歳の時、
両親はTufts大学のエンジニア部門に連れて行き、
コミュニケーションをとる方法がないかを尋ねてみました。

しかし、脳が機能していないから
無駄だと言われました。

そんなわけがない。
ディックは大学の職員に、
何かジョークを言ってみてくれと頼みました。

そのジョークを聞くと、
リックは笑いました。


そのことでリックが周りの人の
言っていることを
理解しているとわかったのです。


その後、コンピューターを取り付け
頭でカーソルを動かせるようにすると、
ついにコミュニケーションを取ることが
可能になりました。


あるときハイスクールのクラスメートが
事故で全身麻痺になり、
学校が彼のためにチャリティマラソンを
主催したそうです。


それを見たリックは
「僕も参加したい」と言いました。

そのときまでディックはろくに
走ったことがありませんでした。

1マイル(約1.6km)すら一人で走ったことがないのに
息子を押して5マイル(約8km)も走るのは
無理に思えました。


しかし、それでも挑戦してみたのです。


走った後、筋肉痛で、ディックは
全く動けなくなってしまいました。

丸二週間、体のあちこちが痛んだそうです。


しかし、走った後、リックはこう言いました。

「父さん、走ってるときは、
 障害者じゃないみたいだった」と。



最初の数週間は大きな
マラソンに混じり、ただただ走っていました。

しかし多くのレースで参加を断られたりもしました。
シングル走者でもなければ、
車椅子走者でもなかったからです。

そのうちに正式に参加する方法を見つけ、
1983年のマラソン参加ではタイムも優秀で、
翌年のボストンマラソンの資格を
手に入れることができました。


やがて「トライアスロンに挑戦してみてはどうか」
と勧められましたが、

泳いだこともなければ、
自転車に乗ったのも6歳の頃が最後というディック。


50キロの体重の息子と一緒に、
どうやってトライアスロンをしたら良いのか…


しかしディックはチャレンジしたのです。


彼らはいくつものトライアスロンに挑戦しました。


成人した子どもを引っ張りながら泳ぐディックが、
若者を抜かしていくこともありました。



一人でやってみるのはどうかと
打診も受けたようですが、ディック断りました。


「ゴールすときリックは最高の笑顔を見せてくれるんだよ」
と…



第24回ボストンマラソンでは、
2万人の参加者の中で5083番目。


ベストタイムは1992年の2時間40分。
それは世界記録から35分遅いだけでした。

もちろん世界記録を出した人は
車椅子を押していたわけではありません。



息子のリックさんは言っています。
「父さんは間違いなく今世紀を代表する父親だ」と。



数年前にディックさんが心臓発作を起こしたとき、
大動脈の95%が血栓で詰まっていたそうです。


医者からは「もし運動をして健康的でいなかったら
15年前に亡くなっていただろう」と言われたそうです。


そう言う意味で、親子はお互いの命を助け、
支え合っていたと言えます。


現在リックさんはホームケアを
受けながら一人で暮らしています。


ディックさんは定年退職し、
現在はオランダに住み、
二人はいろんな国でスピーチをしてまわっているそうです。



お父さんになしかしてあげられることがあったら、
何をしたいと言われ、
リックはこう答えたそうです。


「父を車いすに座らせて自分が押すこと。」と…



2009年のボストンマラソンが
親子にとって1000番目のレースでした。

ディックは70歳になった年(2011年)の
ボストンマラソンにも出場したいと言っているそうです。