私近くの墓地によく散歩に行きます。
昔はお墓ってどこか怖いイメージがあったんですが
カナダのお墓はちょっと違うのかな?
恐れの観念がなくなったからなのか
とても気持ちのよい素敵な感覚を感じます。
死に対する思い込みが消え
沢山信じてきた観念がはがれてゆくと
世界を全く違って体験し始めます。
信じているものを見る世界で
私たちのマインドのパワーというものは本当にすごいな
そのように日々驚いています。
人生というのは自分を知る旅なのでしょうね。
私達って今まですべてのことに対して
何とかしようと頑張ってきましたよね?
これ今もついついやってしまいそうになるのですが![]()
自分(自我)で何とかしようとしているとき
真に起こっていることがみえないみたいなんです私達。![]()
私達、頭で考えることを長い間
トレーニングしてきたので![]()
考えないことで
直観やインスピレーションやメッセージを
受け取れるとは全く知らなかったんですよね。
頭で必死で考えて何とかしようとしているとき
いろいろな考えで混乱してきませんか?
そんな時は
深呼吸をしたり
少し体を動かしたり
頭で考えることを少し休ませてあげると
少し考えから解放され緩みすよね?
そして緩んだ心に
気付きが優しく入ってきます。
心理学や脳の仕組みなどを学ぶと
いろいろなことが分かってきますが
これらを学んでも結局繰り返してしまうように感じますが
こうした学びを越えてゆくことが大切なのだな~
と感じますね。
心理学や脳の仕組みを学ぶのが無駄ではいないんですよね。
それらを知ってそれらを越えてゆく
ということが起こってゆくのだと思います。
梯子を上って最後には梯子ごと手放す
みたいに言われますが・・・
それは肉体の頭を超えた次元である
スピリットである真の自分を思い出そうと
している時代だからのように思います。
私達はスピリットで愛と光です。
全てはひとつでワンネスです。
見えない世界が実相世界です。
天の国はここにあります。
スピリットは永遠です。
そのように言われて
いったい何のことか?
さっぱりわからん
という感じでしたが・・・・・![]()
それでも心はなぜか?そこに惹かれてゆく。
本当の自分というものが
あるというなら
それを知りたい。
そんなワクワクを感じたのを思い出します。![]()
最初に天の国をもとめなさい
天の国はあなたの中にあります。
などと言われますが
これは自分を知る(己を知る)
ということだったんですよね。
己を知る
自分の器を知る
身の程を知る
と言われると
高望みをしてはいけない
みたいな解釈を以前はしていましたが
実は真逆であり
誰もが自分の世界を作っていた
という事実に気付くことだったんですよね。
高望みをしてはいけないとおもえば
そのような現実を体験し続けてしまう世界・・・・![]()
与えられている幸せを受け取れないまま
自分に制限を作り続けてしまうようなんです。
己を知れ
というのは自分のマインドのパワーにきづいて
それを幸せのために使いましょう
ということでもあったんですよね。
引き寄せや願望実現や目標を持つのであれば
己を知りたい、真の自己を知る
ということを目標にするおとが
チョ~お勧めです。![]()
スピリチュアルな学びというと
すごく不思議な世界に迷い込むのか?
そんな風に感じていましたが
おどろくことや
不思議や
奇跡と感じることが
多々起こりますが
それらを体験するたびに
見えている世界の背後の大きなワンネスの愛に触れ感動します。
私たち個人の人生のストーリーも
そして存在する全体のストーリーも
大きな愛の存在の中で紡がれていることにきづくと
自分という存在に気付かされ始めます。
エゴの教えてくれた数々の分離の夢物語の背後には
全く違う愛と調和のストーリーが
個人と全体の両方で書かれていて
その愛にきづくとき
過去の意味が書き換わります。
潜在意識を自分で書き変えるとか
プラス思考とか
いい気分でいる
というのとは少し違うと感じるのが
もともと愛と幸せしか与えられていないのに
エゴに教えられた思考や感情によって
全く違う判断をさせられていた事実に気付くことで
過去の記憶を書き換えるのではなく
見えなかった愛に気付いてゆきます。
見えなかった愛に気付き始めると
人生というのはもしかしたら恐ろしいところではないかもしれない。
という事実に気付き始めます。
そうなると不安や恐れや
自己否定で自分を苦しめることがなくなってゆきます。
マインドはとても大きなパワーを持っているようで
何を信じているか?で体験が変わってきます。
現実というのは自分の思っていることを
鏡のように映してくれるもののなので
ワンネスである事実にきづかないで
分離の想念によってマインドが恐れを持っていると
恐れの世界をみてしまうようなんです。
恐れていると無意識に
自分を我慢させたり
頑張らせたり
不安や不足を感じたり
無価値感や罪悪感を感じたり
いろいろなことが起こってしまうようです。
エゴというのは分離(条件付き)の視点なのですが
私達のハートは無条件の愛を知っているので
エゴのベールがはがれるたびに
自分の中にこんな愛があったのか?
そのように感動します。
このハートの中の愛の感覚を
神の生命エネルギーと
呼んでいるのだろうな、と感じます。
生命エネルギーに触れるとき
心と体がおどろくほど癒されます。
私は長い間、ナースとして働いてきたため
病気を治すのは医者や薬だと固く信じていたように思います。
心の学びを始めたのは
人間関係をよくしたくて始めました。
でも学びが深まってゆくなかで
病気は真に心からきていたのだ!!
ということが真にわかり始め
今迄どれほど違うことをしてきたのか?
と驚いています。
世界も身体も素粒子からできていて
細胞一つ一つがエネルギーでできているのだから
当たり前だったのですが、
どうしても身体が物質にしか見えない
私たちの知覚では分からなくて当然だったのだな
と感じています。
素粒子のエネルギーについて分かり始めると
病気の謎が解け始めます。
これだけ医療やテクノロジーが発達してきているはずなのに
病気がなくならないのは
もっとも大切なものを
見落としていたからだったんですよね。
生きとし生けるものが
恐れのない喜びの人生を体験してゆけますように

