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私達のマインドの概念(思考と感情)を使って認識している世界はすべて相対性でできていますよね。
良い、悪いというのが基本的にあって全ての出来事をそのフィルターを使って認識が起こるようです。
そして、その概念にはたくさんのレベルがあってとても複雑に記憶の中に存在してるようです。
私達幼いころからこの良し悪しを教えてもらってきたために、瞬時に判断をマインドが下しているようです。
マインド(自我)というのは、まるで生きている意識のように感じますが、実際は存在しないもので、概念という記憶の中の自動的に働く機械のようなもののようです。
そしてそれはただの概念であり実態がなく、その概念がただの概念であることに気づくとそれらに影響を与えられなくなってゆくようです。
私たちが世界を見るとき必ずこのマインドのフィルターを使って世界を認識するために、全ての人が自分だけの世界を見ているといわれます。
このことに気づきはじめると、自分の見ている世界が自分にとって不快であるなら自分のフィルター(マインド)を変えてゆくだけでよかったことが分かり始めますよね?
この作業をしてきた人も沢山いらっしゃるかと思います。
でも、どうも思うように進まない、思うようにいかないということも出てくるかな?と思います。
なんでそうなるのかな?と思っていてたどり着いたのが非2元の学びでした。
非2元を学ぶと「私はいない」といわれることがあります。
物心がついてから「私」という概念を使い続けているために、この「私はいない」なんていう言葉を聞いても全くわけわからないように感じますよね?
でも本当にこの「私」という概念が全く違う世界(幻想)を認識していたことに気づくとき驚きます。![]()
もともと絶対的な世界を相対で認識が起こるのはこの「私」という分離していると錯覚している自分によるものだったようです。
「私」がいるのなら、その他が存在するという考えが起こり、その分離しているように認識が起こるその認識で全てを見ているということが起こっていて、実際はそれが違ったのだな~~と気づきを受け取るたびに驚きます。
分離感があんまりにも板についていて最初は分からないのですが、この世界で教えられてきた相対性というのは、全て考え(思考)の中にしか存在しなかったようなんです。
例えば美しいと醜いという相反する認識があるように私たちは学びましたよね?
でもこうした相対で認識をしなければ、そのモノはそのままで完全で何かを比べることがそもそも無意味なのが分かり始めます。
表と裏という言葉も言葉でしかなく、その概念を手放すとき、そこに表と裏という分離が消えてゆきます。
裏を表にしたときそれが表になっていてそもそもそういった名前を付けることでどこかで良し悪しの判断に繋がっていたことが分かり始めます。
上や下、というのもどこまでが上で、どこまでが下なのか?全ては実際は言葉でしかなく、区別できないものを区別してきたことが分かり始めます。
それらの概念を便宜上使うのならいいのですが、それらにエネルギーがとられて不自由になってゆくとき問題と感じるようです。
世界は私たちが信じているほど固いものではなく、とてもあやふやであったことが分かり始めます。
またいつもこの瞬間あるのは、絶対的にそれだけですよね?
それ以外は全て思考の中にしかなくその架空の何かと比べたり、その架空の何かを追い求めようとすることで存在しない何かによって不足や不平不満や問題を思考の中で作り上げてしまうようです。
ここにエネルギーが使われてしまって全体性のリアリティーが隠れてしまうようです。
私たちの信じてきた相対といのはそのように教えられてきただけでもしかしたら違うのかもしれない、
そんな視点で世界を見始めると、絶対的な世界が見え始めるかもしれません。
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