訪問してくださってありがとうございます。
ご縁に感謝しています。
リオのオリンピックが始まりましたね~~
まったくTVを見ないのですが、息子が見ているので時々一緒に見ます。
カナダのTVだと日本の様子が分からないのですが、日本もカナダもどの国の人たちもみんな関係なく、素晴らしいな~~って感動しています。
オリンピックは毎回見るたびに感じますが、選手の皆さまの競技への愛と情熱、そして応援しているみなさんの情熱を感じて本当に感動しますね。
こうして世界の思いが一つになってゆく感覚が大きなエネルギーを内側で感じるのでしょうね。
もともと一つのエネルギーだから、それを心の深い部分で知っているからその情熱が共鳴するのでしょうね。
この世界ってほんとうに不思議な世界だったのね~と毎日のようにびっくりポンで楽しんでおりますが、
最近しみじみ感じるのは、幸せを探してきたけれど、本当に求めていたのは恐れがなくなってゆくことなのだと分かるようになってきました。
幸せになるために、愛されるために、豊かになるため、いろいろな夢や願望を叶えるために・・・・
いろいろな理由で人は頑張って日々努力していると思いますが、実際に求めていたのは恐れや不安がなくなることだったんだな~~と分かるようになってきました。
恐れがなかったら、私達もっと自由に人を愛せるようになるし、自分を愛せるようになるし、夢が叶う叶わない関係なく、自分がやりたいこと出来るようになりますからね。
(未来って本当は頭の中の過去の記憶の概念の寄せ集めでしかないので、そのたぶん起こらない未来のため(毎瞬新しくてもっといろいろな可能性がひらけてゆくから)に生きるのって少し違うようですが・・・・汗)
では、なんで恐れを感じるか?という部分になってくるのですが、
それは自信がないから、迷惑かけるから、周りの協力を得られないから・・・・など
いろいろな理由があるように感じますが、それらをさらに見てゆくと大元の原因は分離しているという錯覚からくるようです。
それは私たちは全体と分離した小さな個人であると信じているから起こるようです。
自分に自信がないと感じたり、恐れを感じるのは、自分という存在をとらえ間違っているからのようです。
宇宙と繋がるとか、叡智を受け取る、本質と繋がる、そのような言葉を耳にすると思いますが、私達本来誰もが宇宙の一部で宇宙・叡智・本質のエネルギーそのもの。
でもそれらのエネルギーをこの身体でクリエイトして体験するために物理マインドが翻訳する時に分離した小さな個人としての認識になってしまうようです。
分離の錯覚を信じている時概念を使い「良し悪し」で判断が起こり、たくさんのルールが定義で本質のエネルギーを上手く受け取れていないようです。
この分離の概念である「良し悪し」の判断が起こるとき、自分を守るために自然に発生してしまう自己防衛の概念が働いて恐れを生み出すようです。
でも、実際概念をどんどん手放してゆくと分かってゆきますが、この世界ってほんとうに全てが中立(絶対性)であり、
そこに私たちの物理マインドの信じている概念(常識・制限など)で作られている意味が存在しないようです。
スポーツでもなんでも同じなのですが、私たちが可能性を伸ばしてゆくというのは、この概念(常識・制限)を手放してゆくことで、
本質(本当の自己)のエネルギーを体験する喜びに繋がってゆくのでしょうね。
ではどうしたらいいの?って感じますが・・・・・
私達の考えや判断は物理マインドの解釈によるもので、それが恐れを作りだしているので、恐れを感じた時、「私は分かってない」ということを思い出せるといいかもしれないです。
「私は分かっていない」「私は知らない」というのはマインドからしたら、良くないことのように聞こえますが、
実際は分かっていないと受け入れる事で、マインドの制限を手放せすように繋がるうようです。
恐れは過去の既知を使って寄せ集めの理論でいろいろな空想、小さな物理マインドの考えによっておこるので、
「あ~~分かってないんだった~~」
とおもいだすことで心が緩むかもしれません。
心が緩むと、本質からの「気づき」や「インスピレーション」が流れてきます。
もともと本質のエネルギーそのものである私達はマインドの翻訳を横に置くことでそこに空間が現れて本質のエネルギーを受け取れるようです。
いつも本当は最善に起こっていることに気づけるかもしれません。
誰もが本質そのものであることに気づけますように
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