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昨日図書館でズートピアという映画のDVDを借りてきてみました。
とても面白かったです。
そして素敵なメッセージをくれるお話しでした。
性別・年齢・学歴・出身地・見た目・・・・そんな違いから生まれる偏見の中で生きている人間社会への「きづき」につながるようなお話しだったように思います。
違いを「個性」と認め合うことができたらどれほど喜びの中で生きていけられるか?そのように感じますよね。
おとといと昨日息子が消せるボールペンの詰め替えのシンがないか?って私のペンケースやペン立てを探していました。
前に息子の部屋に4本入りのパックをみていたので、もう使ってしまったのか?とおととい聞いたら全部使ってないと話していたんです。
彼の部屋に行くと以前目にした4本入りのパックが机の上にありました。
こういことって私達日常的にあって不思議だと感じたことはないですか?
例えば携帯や車のカギなどがなくて探していると、夫に「そこにあるけど?」みたいにダイニングのテーブルの上を指さされたり・・・・
そこは確かに探したのに?なんで?そんな体験が誰にでも経験があると思います。
これは脳の作用のようで「ない」と思うと盲点になって見えなくなるみたいなんです。
私達は目で見たり身体の知覚を使っているように信じていますが、実際は知覚は脳によって”それが何”か認識されているので
そこにあるものが見えななくなるという不思議に感じることが起こるようです。
またこれと全く同じように”そこにない事実”を絶対的にそうだと感じるようです。
例えば、疑いを常にもっていると嘘をついていない人が嘘をついているように感じたりします。
時には絶対にそうだと確信を感じていたりしますが、実際はそうではないことって沢山あるようです。
私達は世界をあるがままみることはできないようなんです。
誰もが自分の見たいようにみているみたいなんです。
脳の作用や心の作用などを学ぶと、こころが見たいものを見ているだけの世界なんだな~~ということが分かり始めます。
このように絶対的に疑わない自分が見えているもの知覚しているものに対してもしかしたら見えているもの、絶対的に○○だ!とゆるぎなく感じるようなものに、疑問を持ち始めると全く違う世界が見えてきます。
これが本当に面白いです。
そしてもっと深くみてゆくと、量子物理学などで証明されてきているように宇宙の全ての物質は観測者の意志の影響を受けると証明されているようです。
これはあまりにも自分の知覚を100%信じているときは全く耳に入ってこない内容だし、現実味がないように感じて、もっと現実的に生きないとというマインドの声で盲点になってしまうことが多いのですが、
これは実はすごい事実で、自分の心が見たいものを見ていることに気づくとき、はじめて苦しみからの解放へ道が見え始めます。
しかしこれらが頭で理解できても日常的にそれを当てはめることがなかなかできないのも事実。
あまりにも長い間条件反射的に無意識に生きてきたので、自分が見たものがあまりにも絶対的にそうだと感じるためにそれを疑うということがなかなかできないんですよね。
世界を観測しているつもりが、自分の内側を外に見ていると分かることはもう世界が逆さまになるくらいのことなので、簡単ではないですよね。
またマインドは世界に恐れを見ているので、いつも守りの体制でいるみたいで、自分の知っていること、自分が分かっていると思っていることで安心のようです。
このために新しい価値観や違いということになかなか心が開けないようです。
ズートピアのお話しのように性別・年齢・学歴・出身地・見た目をとても気にしますものね。
そのように偏見を持つことに抵抗を感じるのに、自分の対して無意識にマインドによって自己否定していることがとっても多くて驚きます。
美しくなりたいというとても素敵に感じる行動も実は今の自分を無意識で否定していたことに気づくときとても驚きます。
マインドは不足や不平不満を感じさせるのが仕事のようで、無意識でいきていると自分を否定していることに気づけないでいるようです。
もっと素晴らしくなろうとする努力は一見進化のようで素晴らしいとマインドによって信じてきましたが、実は自分という個性に対する偏見であることに気づくとき驚きます。
世界にたいしてどこかで偏見をみていたのは、実際は自分に対して行っていたからだと分かります。
自分が自分にたいしてあるがままであることを許すとき世界への偏見が消えて、みんなあるがままで素晴らしかったことにきづき驚きます。
こうしてここにずっとあったものがないように見えていたことに気づくとき、すごく驚くのと同時に、もう本当にもったいなかったな~~~って感じます。![]()
長い間条件反射的にこころで信じているものを盲目に見てきたことで、それ以外見えなかっただけで、世界はとても優しかったこと無条件の愛の中にすでにいたことににきづくときうれしい驚きです。![]()
私達は脳の作用によって世界をあるがままみることはできない
もし不平不満や不足や誰かに対する批判や偏見を感じて心がゆれたら、マインドを使って脳の作用によってそこにないものをみているのかもしれない。
「それはほんとうだろうか?」「違う見方がないのか?」
そのようにマインドの声に疑いはじめると、マインドの見せていた幻想によって盲点になっていた優しい世界が見え始めるかもしれません。
あるがまま、ありのままのあなたのすばらしさに気づけますよに
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