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今までこの信じていたことが概念だったことが分かるたびに無知によって苦しんでいたのだと気づきとても驚きます。
そして、この夢のような世界の大掛かりなメカニズムが見えてきてワクワクします。![]()
子供頃のように毎日が新しい気づきや体験の連続で今まで見えなかった世界の美しさが輝き始めます。![]()
今まで信じてきたこの世界が組み立てられている概念のリアリティーが透けてくると、
真にみてゆくことが大切なのはたった一つ「分離の概念」であると分かり始めます。
そして、そこになかなかたどり着けないのは、それによってこの世界が作られていてこの世界での素晴らしい体験につながるからでもるからだと分かります。
体験・経験をするためには、どうしても対象物が必要になります。
このために分離の概念が出来上がるので当然すぎるほど当然であり、そこがなぜ問題になってしまうのか?
不思議に感じるほどです。
でも、私たちが恐れや不安を感じるのは、分離していると信じていることで、全ての人と一つであると感じられないために、傷つけられないように自分を守らないといけないと深く信じてしまうからのようです。
これはたとえ親であっても、この根底にある分離の概念を通して関わりあうことで、何らかの疑いや恐れを感じてしまうようです。
そして信じているものを使って認識を起こす世界なので、そこに苦しみが作り出されてゆきます。
また驚くほど複雑に関わっているように見える世界の中に入るとき、無意識レベルで恐れはどんどん大きくなり、自分を守るためたくさんの鎧を身に着けてゆくようです。
私たちは沢山内側と向き合っても、またはどんなに成功しても、恐れや不安を感じてしまうのは、この根底に横たわっている分離の概念によるものだったんですよね。
分離の概念を使うと、必ず相対の2元の考えが現れます。
このために私たちはいつも矛盾の考えを抱えていて意識的に、無意識的にいつも内側で戦っているようです。
またこれらの概念はあまりに複雑で役割や立場や状況やタイミングによってその「よい・わるい」という判断が一瞬にして逆転します。![]()
愛が一瞬で憎しみに変わってしまうという体験はレベルの差はあっても誰もがあるのではないでしょうか?
このために私たちはいつも正しく選択しないと大変なことになると、無意識で緊張しているようです。
それらを感じたくなくて、表面上で何かそれらのストレスから気を紛らわせるように忙しくしているようです。
でも、この世界のメカニズムが分かってゆくと、この「分離の概念」そのものが幻想(ただの概念であり真実とは違う)であったことが分かり始めます。
体験を楽しむために存在する概念でしかなく本来とても便利な道具であったことが分かります。
ここに気づきはじめると「よい・わるい」という分離の考えが今まで信じてきたものと大きく違ったことが分かり始めます。![]()
すると、間違いということは本来起こりえないことが分かり始めます。
このとき、今までずっと抱えてきた全ての重い荷物が無条件の愛の中に溶けてゆきます。![]()
そして、今までよくないと認識してきたもの、醜いと認識してきたもの、それらが全く違ったように見え始め驚きます。
このとき気づくことがあります。
それは思考が現実化する、自分の思考が具現化するというのは、
分離の概念という自分(自我・自意識・分離意識)が存在していると信じてみていた幻想世界の中のことであったことがはっきりと見え始めます。
分離の概念というベールが剥がれるとき、もともとそこにあった私達が求め続けている愛の世界が現れてきます。![]()
そして、同時にその上に映し出されている今までみていた2元の世界を映画のように楽しめるようになってゆきます。
このとき、どれほどエキサイティングなワクワクする夢の世界を深刻になりすぎて苦しみのように体験していたのか?驚きます。![]()
私たち沢山の荷物を抱えて進めなくなっていたようです。
このためにこの幻想世界の夢の中で表現したい愛や喜び、本当は無限に広がる愛を受け取ることに恐れを感じていたようです。
本来「よい・わるい」「正しい・正しくない」というのが概念でしかなく、いつもどんな時も私たちの選択は間違えることはないことにきづくとき
真に自由に生きられるようになってゆきます。
そして逆説的に聞こえるかもしれませんが
その事実に気づくのに、今この瞬間への深い受容が真実に心を開かせてくれます。
いつか遠い未来ではなく今ここに求めているものは常に存在しています。
今この瞬間がいつも完璧なことに気づくことでこの分離の概念を超えてゆくことにつながってゆくからです。
あるがままの自分やあるがままそのままで完全な今この瞬間に対して、都合よく考えたり、他の何かや別の場所や別の何処かに期待するという形で否定するのではなく
今この瞬間の自分や出来事やいる場所が、理想の何かや夢の計画と違っていても、この瞬間の完全性に心を開くこと。
私たちが作り出している空想の中ではなく、今この瞬間の現実、現実そのもの真のリアリティーを受け入れてゆくことにあるようです。
あるがまま、この今この瞬間に完全にいるとき、真に存在する調和の地点から愛に満ちた世界が見え始めます。![]()
全ての人が生そのものであり祝福であることに気づきますように![]()
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