なんだかんだと慌ただしく過ごしていたら、
インドネシアから帰ってきて1週間以上もたってしまいました![]()
すみません。。。
インドネシアからもブログを更新しようとしたものの、
ネット環境が悪いため、やはりちょっと難しかったです…。
さて、インドネシアの出張行ってきました!
えーっと、書きたいこと、ご報告したいことがありすぎて、いっぺんにはとても書ききれません![]()
少しずつ、ちょこちょことご報告できたらいいなーと思いますので、お付き合いくださいませ![]()
まず、インドネシアで最初に向かったのはアチェ。
みなさんも記憶があるかとは思いますが、アチェは、2005年12月に地震と津波に見舞われ、
13万人近くが死亡、そして3万人以上(4万人に近いくらい)の人が行方不明のままとなりました。
津波の後には、街中に何千という遺体がそこらじゅうにあり→
(この右の写真の道でもそうだったそうです)
現地の人は泣きながら遺体を運んだりしたそうです。
日本も地震大国。
とてもとても人ごとの話ではありません。
現在では、道路や建物などのインフラの設備は
かなり整ったのですが、経済的な打撃を受け、厳しい生活を強いられいている人もたくさんいます。
また心理的なトラウマを負った人も少なくありません。
ジョイセフでは、アチェで、主に2つの活動を行ってます。
① 経済的に困難な子どもたちに奨学金を提供!
津波などで、親を失ってしまい、孤児になってしまった子どもが沢山います。
その子どもたちに月におよそ1000円の奨学金をあげています。
その奨学金で子どもたちは、制服や鉛筆やノートなどの学用品、
または学校に通学するためのバス代などにあてています。
←奨学金を受けているジェフリー君(3年生)と祖母のメハランさん(76歳)
津波で両親と兄弟を亡くしたジェフリーくんは、
おばあちゃんのメハランさんと二人暮らし。
メハランさんは畑でわずかな青菜を育てて、
市場で売って暮らしています。
1日の売上は100円~120円。収入がない日もあります。
将来は警察官になりたいというジェフリー君。
実は私、ジェフリー君には昨年の秋にも一度会っているのですが、
数か月の間に少しだけ背も伸びて、ちょっとだけたくましくなり、
お兄さんぽくなっていました。
学校から帰ると、おばあちゃんの手伝いをよくしてくれるそうです。^^
←どんな国でも子どもはいたずらっこ。
外の窓から教室をのぞきこむ子どもたち。
アチェでは子どもを含め、女性は頭をスカーフ
(帽子みたいにすぽっとかぶるタイプもあり)で
覆っています。
ちなみにアチェはイスラムが厳しい地域なので
私のようにイスラム教徒ではない外国人も
頭にスカーフ巻かなくてはなりません。
…正直、とってもとってもとっても暑いです…![]()
すみません、時間切れです!![]()
二つ目の活動については、この次に![]()
アチェではコーヒーを楽しむ習慣が
根付いていて、町中の至る所に
コーヒーショップがあります。
…とは言え、コーヒーショップにいるのは
殆ど男性たち。
たいていは仕事に行く前と帰りに飲むそうです。
アチェではアルコール類が全く売っていないので
日本だとサラリーマンが仕事帰りに寄る
居酒屋のようなものでしょうか。。。
ということで、ほとんどが男性ではあるのですが、
最近はたまーに女性もコーヒーショップにいるのを
見かけたりもします。
元々閉鎖的な土地のアチェですが、
津波の後は外からも人がやってきたので、
少しは女性もこういった場に出てくるようになったようです。
揚げバナナやもち米のお菓子など、
お菓子と一緒にコーヒーを楽しみます。
(ちなみにコーヒー自体も、とーーーーっても甘いです)




