2023/4/18のクレイより

 

 

 

✝️ローマ人への手紙14:20 〜 23

食べ物のことで神のみわざを破壊してはいけません。

すべての物はきよいのです。

しかし、それを食べて人につまずきを与えるような人の場合は、悪いのです。

 

肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、

そのほか兄弟のつまずきになることをしないのは良いことなのです。

 

あなたの持っている信仰は、神の御前でそれを自分の信仰として保ちなさい。

自分が、良いと認めていることによって、さばかれない人は幸福です。

 

しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。

なぜなら、それが信仰から出ていないからです。

信仰から出ていないことは、みな罪です。

 

 

 

🌷覚えメモ引用

 

聖餐式について

先に進む前に、教派の対立のもう一つの例として、聖餐式せいさんしきを取り上げます。聖餐式には4つの神学的理解があります。

(1)化体説。これはカトリック教会の立場で、「司祭の聖別の祈りによって、パンとぶどう酒は、実際にキリストの体と血に変化する」と教えます。

(2)実体共存説。ルター派と聖公会がこの説に立ちます。「パンとぶどう酒の実体は変化しない。しかし、キリストの体と血の実体は、パンとぶどう酒の中に共在する」という教えです(化体説と同じ)。

(3)霊的存在説。ジョン・カルバンの立場です。「キリストの体と血は、パンとぶどう酒の中に物理的にではなく、霊的に存在している」。

(4)記念説。「聖餐式は、イエスを記念するために行うものである」。ツウィングリ(スイスの宗教改革者)がこの説を提唱ていしょうしました。

これが最も聖書的な説です。
聖餐式の目的は、

キリストを記念することと、

信徒の一致にあります。

神学的理解が異なる人とは

聖餐式をともにすることができないというなら、

本来の目的を破壊していることになります。

これもまた、悲しいことです。

 

 

きょうの祈り

イエス・キリストの父なる神さま。

1義的なことに関しては妥協せず、

2義的なことに関しては

寛容な心を示すことができますように、

私を助けてください。

主イエス・キリストの御名によって祈ります。

アーメン。