10月を迎えようとしていますが
夜は鈴虫やマツムシのいい声が聴こえ
しかし未だセミの声が昼間はして
端境期ですね。
これから秋本番ですね。
先日、これがほんとほんと
最後の「参観」だなあ~と
感慨深く、ある場所に向かいました。
その日は
息子の高校生活での集大成ともいえる
「課題研究発表会」なるものに
とある大きなホールに行ってきました。
これは学校内ではなく学外で
親の聴講だけではなく後輩や
たくさんのお偉い様たちやOBの方々も
ご臨席くださる貴重な機会でもあるのです。
高3の彼らは受験生でもありますが
学校の課題も容赦なく(苦笑)あるので
受験と同時進行で多大なる課題を背負って
日々やっています。当然時間は限られているので
万年睡眠不足(苦笑)
2年生の終わりからずっと関わってきた
ある種、結構な時間をかけて取り組んできた(取り組んでいる
真っ最中でもあるでしょう)ものの、プレゼンテーション。
今はこういったじっくり課題解決学習
そういった方向に学校教育も
いっているのだと思いますが
自分が学生のときにはなかったもので
やっている内容も、専門的すぎて
聴いてもちんぷんかんぷんな
私でしたが、なんでしょうね。
すごく感動しました。
数か月におよぶ研究、それこそ遅くまで学校で
やっていたり、家に持ち帰って行き倒れのように(笑)
そのままやりながら眠っちゃったりしていた姿を
みていた親としては、どうなの~?なんて内心ハラハラして
いましたが、
よくぞここまで頑張ってみんなやっていたんだな~と
感慨深いというか、内容詳細はわからなくても(何度も言う・苦笑)
伝わってくるものがびんびんあって
ある種中学校までは
なんとなく内容とかこんなことやっているんだなという
想像の範囲内だったのが
ここにきて、全然私にはわからない分野だけれど
数か月、それこそ行きつ戻りつやっていたものが
「成功」とか「失敗」という次元ではなくて
あるものに真摯にむきあっている姿というのが
数分間のプレゼンテーションと質疑応答に
ぎゅっとちりばめられていて、
高校に入る前にはしなかった経験を経て
こうやって人前でやっている姿全体に
「できるから凄い」とか「やったから偉い」
というのとは全然違う感覚、
う~んなんだろう、そう
「誇らしさ」
そんな表現が一緒に行ったママ達から
聴こえてきて、ああ~本当にそうだね。。。
つまった内容をやってきたことから伝わってくるもの
それはきっと誰しもそうで
「クイックで便利で要領よく」という
ことからは得ることはできない
熱く、地道な、どこか粘り強い
そういった自分の想いをそこに込めること
自分をごまかさず、手をかけ時間をかけたからこその
ゆるぎない信頼感。
いわゆる「評価」とは違う世界。
これをやったという絶対感とでもいうのかな。
でもやればやっただけ
「もっとやりたい!」「全然まだ納得してない」
「あと1年ほしいくらい」
そういう息子の感想もきけて
きっとそういう体験を通して、
自分自身をみていく。
そういったものなのかなと。
大人になるにつれ
自分の想いとは逆のことを言ったり、したり
そういうある種、自分が自分に対して
裏切り行為をすると、誇りどころか自己喪失感に
さい悩まされたりして、
泥臭く、自分を裏切らず
とことんなにかをしてみるって
本当に大事だと、息子たち、高校生の姿にはっとさせられた
ひとときでした。
そういう時間を過ごせたことは
本当にありがたいことなんだね。ということも。
そしてそのひとときは余韻となり
私もまた自分の人生をまた振り返り、これからを
考えるきっかけにもなったこと。
親はもうすでに教えたり、一緒になにかをするというより
子に教えられ、さとされる年代になったのだなと
それは数年前から感じるけれど
帰り道はまた行くときの
小さなころからを走馬灯のように
おもいながらちょっと感傷的な気持ちにも
なっていたのですが
それともまた違う、なんだか清々しさも感じ
あ~なんとなく、心がこうやって
「子離れしている瞬間」を
キャッチしたのも、記憶しておきたいと
思うのでした。