ひとり娘20歳をなくし自死遺族に

ひとり娘20歳をなくし自死遺族に

2019年10月誕生日まであと4日の一人娘は突然いなくなりました。

Amebaでブログを始めよう!

またご無沙汰してます。


今日は命日でした。

丸2年。


最初こそ休みのたびに

あれこれ整理しましたが、

結局捨てることができたのは

新しい洋服や

未開封の下着、いかにもゴミなどだけ

あとは何も変わらず毎晩玄関の電気をつけて

帰りを待つ日々。


涙が出る日も多いですが、

娘を想像で生かして

一緒に生きる特技?を少し取得したかもしれません。


いや、基本とても寂しく悲しいですが。

自分で言ってみて、即否定。


幼馴染や中1の時の担任の先生からお花到着




大学のゼミの先生は教えてもいないのに、

娘の眠る広大な公園の中から

娘の墓碑を見つけたようで、写真を見ながら

思い出してくれたと、

写真つきで連絡が来ました。

本当にありがたい。


みんなに思い出してもらって、

なになに?何で何で?と

はしゃいで喜んでる笑顔の娘しか浮かびません。


今日は朝から何時間も泣き続けてるけど、

絶望感から来るものではなく、 

皆さんに思い出してもらえた喜びと

忘れられてない安堵のほうが勝る1日でした。


かな?たぶん、、、

そう思いたいだけかもしれませんが

喜びを感じたのも事実です。


あー会いたいよぉ〜悲し😮‍💨寂しい


Twitterでフォロワーさんが

暫く呟かないと

あんなに辛そうだったからと心配になったり、

うまくやり過ごせるようになったのかなぁ、

いい意味での卒業ならいいな、と思ったり


そういう私もameblo書いてないわ、と

久しぶりに書き出しました。

皆さんこんばんは。


もうあと2ヶ月でいわゆる3回忌にあたる頃

だけど、あの日も突然のことで

葬式なんてできるメンタルでなかったのと

台風直撃中というもっともらしい理由で

家族だけの直葬にして、

教会に通うようになったし

月命日や新盆やら一周忌も

仏教徒ではないという理由で

気にしながらも目を背けることでやり過ごし

でも相変わらず涙は欠かさず出るという

毎日を送ってます。


やっぱりとても悲しい。絶望と虚無の狭間に

生きる肉体。

何のために生かされてるのか

受け止めて動かなきゃと思うけど

まだ無理です。


休みの日は花屋→娘の眠る公園で

何かを食べて帰ってくる、という繰り返し


暑い夏、最強のモカラとデンファレ

先週のが元気に残ってくれてたので

今日はなかなか派手な供花となりました。



娘の好きそうな串刺しのレバーカツを

途中のお肉屋さんで買って食べて来ました。


墓で串刺しの肉を食らうおばちゃん、

ジロジロ見られてた気もするけど

他人の目はもう気にしません。

娘のことだけを思い食べるので。


コロナワクチンも2回接種完了。

コロナにかかりたくないから、という理由では

さらさらなく、

受けないと何で受けない?などと

あれこれめんどくさいことに

今後巻き込まれそうで、受けとくかと

副反応で万が一命を落としても

娘のところに行けてよかったね、と

言ってもらえるだろうなど

想像しながら受けたら

6時間も昼寝したくらいで

熱も出やしなかった。


このままボケて80過ぎても生きてたら

やだなーと本気で心配して

今年からは半年に一度チェックするように

言われてる乳腺も膵臓も胆嚢も

検査行かないつもりです。


久しぶりにamebloに顔出すか、という

軽い気持ちで

書き出したら止まらなかったです。

長文もし読んでくださったかたがいたら

ありがとうございました。

ではまたいつか書きますのでその時まで






気軽にかけるTwitterで呟くことのほうが多くなり

半年ぶりのアメブロです。


昨日は娘の大学時代の親友が

福岡から上京してくれました。


葬儀せずに直葬だったので

誰にも気を使わずに、私にとっては

気楽ではあったのですが

娘関係の知り合いとは

連絡取ることもなく

噂を聞く手段もなく

娘のことを思い出してくれる人がいるのか、

寂しい思いをしていましたが、

かと言って気持ちに余裕もなく

ただ1年半が経過してしまったという、、、


先月、本来なら大学卒業の年でしたので

お祝いの花を贈ったら、

娘が卒業式を見守っているかのような

アングルで撮影された写真を

送ってくださいました。


また、

勉学に励んでいた証を渡したいと

卒業証書と全く同じフォーマットと

カバーのついたものに

急逝して残念だけど、

勉学に励みました、という証書を

学長先生とゼミの担当教授に

授与式をしていただきました。

本来にいい学校に入れたこと感謝です。



ゼミの教授から

娘の親友の連絡先を教えてもらったところ、

卒業後は地元に戻ってしまったとの事でしたが、

昨日上京してくれて、

娘の眠る公園と家に来てくれました。



前日は雨だったけど、

晴れて☀️よかった。


娘の洋服たちを

喜んで全部懐かし〜と見てくれて、

この服着てた時どうしてた、とか

学校で生卵を飲み始めて驚いた、とか

教職員用の給湯室で

こっそりラーメン作って食べてた、など

面白エピソードを教えてくれたり、

何着か娘の洋服やアクセサリーをもらってくれて

、本当に嬉しい時間でした。


相変わらず毎日涙出ちゃうのですが、

喜怒哀楽のうち

哀しか感じられなかった一年半

少しの喜びをたまに感じられるのは

やはり全て娘のこと。


娘と一緒に生きているんだな

見えないのだけが本当に残念だけど、

娘は長い休みには突然

インドや中国、タイにロシア

色んな国に行ってたから

娘の親友とも

またどっか行ってるみたいだよねーと


色んな想いが湧き出て

Twitterじゃ収まらないと

アメブロに突然現れてみました。


フォローしてくださってる皆様

ご無沙汰してしまいましたが、

何とか踏ん張って生きてます。

では。








こんな先生に会ったら
踏ん張れる気がする。
シェアさせていただき
ありがとうございます

毎日欠かさず
お花の水を替えたり、
新しいお花と入れ替えたり

お花に全然興味なかったのに
お花を欠かさなくなったという
遺族の方が多いことに
ブログ読んで気づきます。

私もそんなひとり。

家の娘コーナーのためのアレンジは
優しい色味。
以前は紫色の花ばかりだったけど、
綺麗な色も買えるようになってきた。
小さい頃の娘のお洋服のイメージかな。



娘の眠る公園のお花は元気なイメージに。
大学生になった娘は
こんな元気な黄色の服とか真っ赤な口紅とか
選ぶようになってたな。
色々チャレンジしてたね。



愛しい時間。
このお花たちを通して娘を想うこと。
楽しみというか
唯一の生きがい?懺悔?償い?
娘を恋しく想う日々



娘がいなくなって5カ月、
毎日涙が出ない日は1日もありません。

仕事には仮面をかぶって
行っているけど、心は正常ではありません。
が、子供を亡くして平気なほうが
異常だと思うので、
ある意味、正常なのかもしれません。

心は壊れながらも体は生きています。

仕事休みの日は一歩も出ない日が多いです。

今日は埋葬してきました。
とってもいいお天気でよかった。


骨壷から出して、直接土に還す樹木葬。
途中で
強風吹いて、灰が風にも乗っていくのが
見えました。



シンボルツリーの桜はまだ咲いていないけど、
とても手入れの行き届いた、
公園のようなところで、ベンチもあるし、
今後楽しみに出かける場所が出来た気がします。

ちなみにこの芝生、きちんと区画割されていて、私は娘と同じ場所の土に還る予定です。


うちは七五三をはじめ
クリスマスとかいわゆる行事を
積極的にやった記憶がありません。

娘が2歳のとき離婚して
すでにあの時から
幸せそうな家族を見るのが辛くて
毎日普通の日を淡々と過ごすクールな家族
クリスマスだろうが
ママは普通に仕事、
みんな浮かれてるねークリスチャンでもないくせに、とか強がっていたけど

それでもクリスマスケーキくらいは買って
一緒に食べたりはしました

小学6年生のころ
仕事終わってから21時ころ
その年は確かパートナーも夜仕事で
一人でお留守番している娘に
ケーキを買って電車に乗ってました。

その日に限って寝過ごしてしまって
いつもなら終点で誰かが
終点ですよ、と
肩を叩いて起こしてくれるのに
ケーキを膝に載せて寝過ごしている
おばさんを寝かしたままにしてくれました

娘からの電話で
終点折り返してまた職場の方向に向かって
いたことに気づいて
結局帰宅したのは
もう多分夜22時過ぎてかなり遅かった

寂しかっただろうな

娘との楽しかったことを思い出したいのに
こんな母親だから
娘は自死してしまうんだ、と
いうことしか浮かんでこなくて
毎日涙しかでない

本当にごめんね