1年前の4月25日も給料日だった。
あの日
午前中、私は3階にある自宅でお給料を袋に詰める作業をしていた。
台所には手伝いに来てくれていた妹が昼ごはんの用意をしてくれてた。
親父様は3階へと続く外階段をイヤホンでラジオを聴きながら掃除してた。
その親父様が昼前に自宅へ上がってきて
「お前達、今世の中では大変なコトが起こっているんだぞ!
テレビつけろ!!」
と言った。
いつも大変大変が口癖の親父様だから、あたしも妹も
今度は何を大変とわめいてるんだなんて思いながら言われるままにテレビをつけた。
すると、そこにはあの尼崎の脱線事故現場の悲惨な映像。。。
最初、あのマンションに一番先にぶつかってる車両が1両目だと思っていた。
でも、1両目は映ってなくて、じつはあの駐車場の中に入っていて外からはまったく見えて
いなかったコトをあとになって知り、驚愕したのを憶えている。。。
そして給料日の今日も実家にはあたしと妹と親父様3人が揃っていた。
朝からニュースでずっと取り上げられていて、あわせて昨日の山手線の
線路の隆起による大変な1日も取り上げられていて、今日になって線路を
じっくり新聞などで見たら、ホントに線路が盛り上がっていて、よくぞあの運転手さんは
見つけたなと、そしてよくぞ大変な事故が起きなくて本当によかったなと思った。
だって、その状態できっと何本かの電車はガタンてしながらも、走って行ったと思う。
やっぱりあたりまえのコト、絶対なんてコトはこの世にはないんだ。
ふいに妹がこう言った。
「きっと・・・尼崎で亡くなった人たちが事故が起きないようにしたんじゃないかな・・・
事故になりそうなのを止めたんじゃないかな。」
本当にそうだと思った。
そしてそんなコトをポロッと言う妹をあたしは誇りに思う。
あたしは妹が大好きだ。
かけがえのない妹。
ママが亡くなってツラく苦しい時、ひとりっこでなく愛しい妹との二人姉妹に生んで
行ってくれた母にどんなに感謝したコトだろう。
妹がいなければ、このコを守らなければという思いがなかったら、
今日までこうしてあたしなりにこんなにがんばってこれなかったと思う。
母が生きていてくれた時のあたしは、まるっきり母に頼りっきりの
およそ誰かを、何かを守ろうなどという思いなど抱けない
ある意味シアワセなまるっきり子供のような、いい年した世間知らずの人間だった。
今日は1日、尼崎の慰霊のニュースを見ていてこみあげてくる涙を何度となくこらえられなくなった。
夕方のニュースの時は、泣きじょうごの親父様と二人して泣きながら、「ひどいよね」「なんでそんな質問すんだよ」なんてテレビに向かって言い合ってた。
そして
数日前のネット上での、アンケートをしたらご遺族の方々の4割が立ち直れないでおられるというニュースを見て、あたしは一体どんなアンケートをしたんだと怒りがこみあげた。
なに言ってんだ!10割のご遺族の方々みなさんが立ち直れないでいるに決まってんじゃないか!って。
悲しいに決まってる、立ち直れないに決まってる、そんなあたりまえのアンケートをする人作る人の気がしれない。
かけがえのない人を突然なくした苦しみ悲しみ。
思いやりをもって相手のキモチを考えたら、そんな質問は間違っても出てこないだろうに。
世の中、口に出して誰かにそんなあたりまえの、わかりきったコト、キモチをいちいち口に出さなきゃわかんないのか!!って。
仕事にも学校にも行かず、食事もせずに1日中泣いてたり、悲しんでたりして目に見えてそうでないとわからないのか!!って。
人間は生きてるんだ。
生かされてるんだ。
だから命が与えられ続くかぎり、精一杯生きなきゃいけないんだ。
なにより無念にも亡くなって行ってしまった人の分もがんばって生きなきゃ申し訳ないんだ。
どんなに悲しくても苦しくても、かけがえのない人を亡くしてどうして行ったらいいかわからなくても、みんな歯を食いしばって生きてんだ。
心ないインタビューをしたり、そういう記事を書く一部のマスコミと呼ばれるモノ、あたしは大嫌いだ。
昼間の雷を伴った雨は、ご遺族、そして突然1年前の今日、命を奪われた犠牲者の方々のやり場のない悲しみの雨だと思った。