それは、昨夜からはじまっていた![]()
いや、正確にいうとここ数ヶ月、すでに親父様は調子に乗っていた。
夕飯を食べていると親父様がこう切り出した。
「今日よぉ~Mさん(我社の事務員さん)に
「joyは事務所に降りてきたって仕事なんかしてないで
メールかなんかやって遊んでんでしょ?」って言ったらよ~
「そんなコトありません」て言ってたぞ」
もうこれ聞いた瞬間から胃が痛みだしてもう爆発しそうになったが、グッとこらえてウチに帰った。
ここでこらえられるようになったコトはあたしにとってかなりの成長。
6年前なら、もう昨夜テープカットしていた、堪忍袋の。
you-taがそれを知っている(*v.v)。
家に帰ってからも、悔しくて悔しくて腹が立って腹が立って
そして今日をむかえてもそれは消えず、
こんな時は仕事に没頭するのみ!と自分にハッパをかけて
午前中から仕事に集中していた。
しかし親父様は朝からひどく機嫌が悪かった。
ジョイも「殺すぞコラァ!!」などと言われ吠えまくっていた。
そして迎えた夕方4時過ぎ。
事務所でそうして仕事をしていると、自宅から親父様が降りてきた。
事務所にはあたしと親父様の二人。
そして親父様がこう切り出した。
父「お前なんかやってんのか?」
私「やってるけど、なに?」
父「ふん(ちなみにバカにした、ふん、だ。」
・
・
そしてすぐに親父様はこう言った。
「お前よ~何もやるコトもねえだろうに、やってねえのにそんなトコ座ってねえでよ~
メシ作れよ、メシ!!ったくよぉ~」
時刻は16時30分・・・16時30分
もうダメだった。
プツン、て頭の中で音が聞こえた気さえした。
もう黙ってられなかった。
私「あのさぁ!!あたしが何もやってないと思ってんの?やっぱ!!」
父「ああ!!何やってるっていうんだよ!!」
もうさらにダメだった。
ブチっ
だ。
私「ふざけんじゃねぇ~よ!!!
こんなコト、いちいち言いたくないから言わないけど、
言わせてもらうよ!!
今日は支払日だし!!
すぐに給料日だから準備もしなきゃいけないし!!
給料計算もしなきゃいけないし!!
資金準備もしなきゃ行けないし!!
その上来月には都庁に決算報告しなきゃいけないから
その準備もしなきゃいけないからしてるし!!
その上今年は5年に一度の建設業の許可申請の年で
それも来月までに資料作らなきゃだからそれもしてるし!!!
そんなねえ、やってないやってないって!!
だから去年の夏に言ったじゃない!!
そんなメシも作って仕事もパパッとなんて
片手間にやれるような仕事じゃないって!!!
それでもやれっていうなら、あたしはもういいから!!!
そういうのやれるって人にやれるもんならやってもらいなよ!!!
まったく、何も知らないでそんなコトばっか言ってて!!!」
ちなみにもっと激しかった・・・と思う。
と、浜コウ似の西田敏行が年とったような、
機嫌が悪いと西川きよしの目のような目になる
親父様に私は噛みついた。
悔しいけど、バカみたいだけど、言いながら涙ぐんでしまっていた。
すると親父様、ひさしぶりに火
のついてしまったムスメに
ひさびさやばいと正気に戻り
父「ちょっと待ってよ~。
ちょっと落ち着いて下さいよっ。
ねっ。
お前がさぁ、お父さんが精一杯がんばってんの一番
わかってくれてるでしょ?
でしょっ?」
私「・・・」(あっ、やっぱお父さんが一番なんだよね)
父「ねぇ、そうでしょ?
オレ今日おかしいんだよ。
だから勘弁して、ねっ
ごはんもういいから
お父さん、コンビニ行っておにぎり買ってきて食べるから」
私「・・・」(やっぱごはんなのよね)
もうこうなると、親父様が憐れに思えてくるのと、
さけんでしまった自分へのなんともいえない情けないキモチと、
でもなぜか染み付いてしまった習慣のせいか、
親父様にごはんを食べさせなきゃいけないという思いとにかられ
私「買い物行ってくる」
と言い、デスクの上を片付けだした。
親父様は
「お願いしますよぉ~」
と言いながら自宅へと上がっていった。
お酒の力が必要になったのだろう。
お財布片手に歩きだした近所の小さな商店街を
あたしは涙が出てきそうになるのを必死にこらえ
上を向いて歩いた。
そしてそうしながら、ママを想った。
こんなコトでくじけてはいけない。
腹をたててはいけなかった。
ママはもっとひどい思いをしたんだ。
暴言の上に、殴る蹴るされ、それでもお財布片手に
この商店街をこうして買い物に出たんだきっと。
さけんでしまった自分、なんて甘ったれた辛抱の足りない
自分なんだ。
ママに申し訳ない。申し訳ない。と。
そしてあたしは親父様に食事を作り、一緒に食事をし、帰ってきた。
事務所でのやりとりがあったにせよ、
親父様に食事を作らなければとあたしが思うのは
どんな親父様ではあっても会社が存在するのは
たしかに親父様の仕事にかけるたゆまぬ努力があるからなのを
母の死後、手伝うようになってから知ったからであり、
またなぜか親父様にコンビニのおにぎりで夕飯をすまさせるなんてコトが
なぜだか自分自身で許せないからであり、
たしかに父は父なりにがんばっているのが少なからずわかるからだ。
それにしても、今まで何度
「何もやってないやってない」 と言われたことだろう。。。
でも大体、やってなくてどう経理面で会社は動くだろうか?
いちいち今日はこういう仕事やりました、大変でしたなんて言うべきものだろうか?
そう言わないとわからないのだろうか?
なにせ母が亡くなってすぐ、母が亡くなっても会社は動いていたわけで
有無をいう間もなく、すぐに経理職についた。
しかもそれまで事務しかやったことのなかったあたし。
でも、人間追い込まれてはじめて力?を発揮するというか
引き出してもらえるというか
きっとそれまで自分には持ち合わせていないと思っていた意地というモノが
結構自分の中にあったと知ったのもあの頃だった。
やってやれないコトはない。
わからなければ母が残した帳簿類をひっくり返せば出来ないコト解けないコトはなかった。
それにあたしはダラダラ仕事をするのがキライなのだ。
ものすごく集中して取り組む、というかこの仕事には取り組め集中できる。
そう出来るのが、天職なんじゃないかと感じた理由。
だから時間はそうはかからない。
というか、かけたからってやった、人一倍!なんてそんな勘違いしたくないし、そうじゃぁない。
そうして今まで仕事もし、親父様の食事も作り、実家のコトもし、とやってきた。
でも、その仕事自体が集中したり、体調の悪い時ももちろんある。
そして親父様の機嫌のアップダウンも。
そんな時、こうした一件が起きてしまう。
また、ほぼ一部、このブログでも書いたが
あたしの欲しいと思ったモノに対するどん欲なまでのしたい放題は、
はっきり言って普通じゃない。
かなりIKARETERU。
こんなコトが出来るのは、今の生活、今の仕事をしているからであり
ある意味というか、間違いなく親父様のお陰なのだ。
もちろん親父様はあたしのやりたい放題を知らない。
ウチに来たら腰を抜かすだろう。
だって親父様はもとは裸一貫、いわゆるあの時代の親父様自身がよく言う
風呂敷包みひとつの出。
贅沢は敵なのである。
あたしは母が亡くなる前までは、いわゆるブランド品と呼ばれるものなど
それこそたとえ、清水の舞台から飛び降りても買わなかったし
現実的にそうそう買えなかった。
こんなコト、自分で言ったらただの言い訳だが、
何かを、必死に埋めようとしているのだあたしは。
しかし、やってみて感じる。
埋まらないどころか、どんどんその何かは深くなる。
本当の極悪非道者は
暴力うんぬん関係なく
親父様でなくあたしだ。
だからママに比べたら、およそ比べモノにならないほど
間違いなく些細な親父様からのワケのわからぬコトがいくらあろうが、
なにをされようが、この好き勝手やってるあたしに本当は、
親父様に物申す資格などない。
だからあたしは、またがんばるのだ。