寒いね東京。

愛しい愛犬たちが毛布にくるまってただただ寝てる。

無防備すぎるほどの格好で。。。

さてさて、こないだあたしより暇な親戚たちが、全部おれたちのもんだぁ~調停を起こし、今月ひさしぶりに霞ヶ関まで行かなきゃならなくなったコトを書いたが、そのお知らせと一緒に回答書なるものが送られてきて、回答記入し返信しなければならない。

提出期限真近。

こんなコトもあんなコトもやらなきゃ。。。

考え方変えれば、やるコトあってシアワセじゃん。

しかもちょっとなかなか経験出来ないコトかも。

はっきり言ってめんどくさい、いい加減にして欲しい。

でもあたし、とことんある部分でママに見守られてるんだと思う。

この調停の問題は遺産。

つまりお金ってコト。

お金は普通、汗水垂らして得られるもの。

だけど遺産というのはただその血縁がゆえに授かるもの。

もし・・・あたしの親戚たちがみんないい人で、とっくに、そしてあまりにも簡単に相続していたら・・・それはただシアワセで恵まれてるというコトになるだろうか?

それは違う。と思う。

お金のありがたみ、汗水垂らしてどれだけ働いたらそれだけのものを得られるか。。。

今の状況はそれを忘れてはいけないとママが教えてくれているのだと私は思う。

今、必要なお金は今、自分で働いて得て使っている。

だからこの遺産を相続する日をあせってはいない。

どんなに時間がかかってもいつかは終わる話だ。

この考え方もある意味人間いつどうなるかというコトを考えると悠長な考え方でいかがなものかとも思うが。。。

でもとにかく、今回の今まで6年に渡るこの経験は、ママが死して尚、お金のありがたみを教えてくれるために起こっている出来事なんだと思っている。

本当は、ママが生きていたらママが自由に使えたお金だ。

さんざん苦労して来たママが。。。

でも、苦労の末、病気に冒され亡くなってしまったママ・・・

あたしはいつか、この相続が完了した時、有意義にこのお金を使う事が出来るだろうか・・・