自由になるってことは、
自分へのジャッジをやめると同時に、
周りの人へのジャッジを本気でやめることだね。
スピリットダンスで私は100%自由を感じてた。
同時に、周りのすべての人の自由を認めてた。
昨日の記事はこちら↓
どのように踊ろうが、どのように踊らまいが、
どのような振る舞いをしようがしまいが、
全くと言っていいほど、
ジャッジが生まれなかった。
人が生み出してる動きに対して、
カッコいいともカッコ悪いとも思わず、
ステキともだせーとも思わず、
どんなお年の方でも、
どんな肉体をお持ちの方でも、
何をおめしになってても、
何をしてても、
ぜーんぶ「ふーん♡そうなのねー」って感じてただけ。
あの軽やかな感覚、すごく気持ちよかった。
もうこれに尽きると思う。
よく在ろうとか正しく在ろうとしていたあの息苦しさ。
そして他者にもよく在れ、正しく在れ、と強いてきたのかもしれない。
これからは、受け入れ、許し、自他を心から認めた時に感じる、あの軽やかさ、あの気持ちのいい感覚を、日々の暮らし、そこでの関係性に落とし込みたい。
口では「私もあなたも自由がいいよ」といいながら、
相手が自分に都合の悪いことをしたとたんに、
相手が私のものさしから外れたようなことをしたとたん、
それをコントロールしようとする私がいます。
でもね、もう本当に、
ふーん♡そうなのねー、
って思える私になっていこうと思ってる。
なぜなら、私は真の自由を体験していたいから。
そして相手にも同じように自由で在ってほしいから。
真の自由と真の自由が掛け合わされたら、
それぞれの才能が生かされ、
純粋な資質がどんどん現れ出てくるでしょう。
これすごく自然なことだよね。
そしたら、なんか無限の歓びに突入するような気がしない![]()
そして自由と自分勝手は全然違うってことにも気づけた。
ふーん、そうなのねー、も無関心とは全然違う。
そしてこれまでそうでなかった自分に対しても、ふーん♡そうだったのねー、って許してあげたい。
だって、しょうがなかったんだもん。
そうならざるを得ないことが起きてたんだもん。
そうできなかった私の悪いところをなおす、みたいな発想を全部手放して、過去のすべての自分も許しちゃおう。
そして今の自分も受け容れちゃおう。
他の誰かが許してくれなくてもしょうがない。
ただ私だけは私のことを、まるごと許してあげよう。
そこから、じゃ次の瞬間私はどう行動する、ってだけだ。
よく在ろう、とか、正しく在ろう、とか、もう終わり。
真の受容がおき、
自分を認め、他者を認めた時、
それぞれが自然な流れで本来の姿に戻り、
いきいきと自分らしく人生を送れるようになっていく。
うん、私はそんなのがいいな。
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私が幸せでありますように。
あなたが幸せでありますように。
すべてが最善に導かれますように。
魂の喜びと癒しがすべての人に訪れますように
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<はるの断食リトリート 女神たちの引きこもり>
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日程 2018年 5月18日~20日
場所 安曇野シャロムヒュッテ