「瞑想」って、つながるためにするものだと思ってた
少し前まで
「瞑想=何かとつながるためのもの」
そんなイメージを持っていた。
高次の存在だったり
ガイドだったり
メッセージだったり。
感じたい…
受け取りたい…
つながりたい…
そんな想いで、目を閉じていた気がする。
でも、今、日々やっている瞑想は
少し質が違う。
それは
つながる瞑想じゃなくて
源(みなもと)にかえる瞑想。
静かに座っていると
いろいろなものが出てくる。
感情
思考
「これ、どうなんだろう?」という問い
気づきのようなもの。
感情や思考をきっかけにして
さらにその先へ、思考が向いていったりして。
……気づいたら
妄想ワールド全開(笑)
あ、あるある。
そして、ふと気づく。
「はっ❗
今の目的、違うや~ん」
時計を見ると
まだ10分も経っていない。
意外と、時間は進んでない。
でも、その「気づいた」という瞬間が
もう、源に戻る入口なのかもしれないな、と思う。
ダメ出しもしないし
やり直しもしない。
ただ
「そっか、今ここじゃなかったね」って
そっと戻る。
そして
また、時間をつくって
座る。
それでいい。
それがいい。
今の私の瞑想は
何かを得るためじゃなくて
何者でもないところに、かえるための時間。
そんなふうに
変わってきている気がしている。
