「わかってもらえた」
と感じた時はどんなときでしょう??
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ここのところ、よく
「わかってもらえて嬉しい!」
というお声を頂いています。
本日も、親戚のおじさまのリハビリへと
病院へ伺っていたのですが、
(個人的に、お部屋でしています)
何分、病院でのリハビリは
担当の先生も日々変わりますし、
指名も出来ませんし、困ったことに、先生によって技術が
違うので、おじさまにとっては色々と思うところがあるのですね。。
そんな時、
どうしても、家族は、
「 いやいや、そんなこと言わないで、ちゃんとリハビリ受けて 」 や、
「病院側も事情があるだろうし、仕方がないやん」
などなど、言うのではないでしょうか。
私が、おじさまのところへ行き
「やっと、わかってもらったわ!」
と言ってもらい、
「なんか、やる気が出てきたなぁ~」
と言ってもらえた理由に、
「確かに、そりゃそう思うわ。」
「おじちゃん、それでそう言ってたんやね。」
という返事でした。
違いはもちろんわかりますよね
『~だから、○○と思った』 ことに
どうしても、話しを聞く時に
この 『~だから』 事態を否定、いやいや、~だから違うし!!なんて
思いつつ聞いているのですよね、気づいてますか??
確かに、私だったら
『~だから』 とは思わない、と思うことでも、
相手側の
“~だから、○○と思う”
という話しの筋道に、
あ~なるほど、そういう理由でなればそう思うか~。。。
と納得するわけです。
で、根本に、私はちっともそう思わなくても
話しの「筋」はわかるわけです。
だから、あ~なるほどね、と聞けるわけです。
そして、聞いてもらった方は、
「わかってもらえた!」となるわけです。
これは、【心の治癒力】の本を出されてます
黒丸尊治先生のホリスティックコミュニケーション講座で
一番最初に、
『わかってもらえた、と思う時ってどういう時だと思いますか?』
という質問があるのです。
その時、たいがいは
『共感してもらえた』
『言っていることを理解してもらったと思えた』
と、わかってもらった感覚を言います、が
では、わかってもらえた!と思ってもらえるよう
こちら側はどうすればよいか?
となると、
やっぱり“共感する”という答えが出てきます。
この共感.が、とってもクセものでありますよ
というのも、自分の価値観や、気持ちを共有できる相手しか
人間は共感という感覚を持たないので、
では、気持ち的に共感出来なければ
カウンセラーは話しを聴けない。。。ということになりますよね
ホリスティックコミュニケーションのワークでも、
それぞれの話しをただ聞いて、
コンプリメント(出来ているところを称える)ということをしていくのですが
そもそも共感できないので、コンプリメントするところがわからない。。。
なんて意見が出てくるときもあるのですよ~
ひぃ~~~~~
聞く側の価値観やものさしではかってはダメですーーーー
となっています。
もちろん、共感力が鍛えられて、自然に共感出来るようになっていれば
問題ないのですが、
共感出来ない場合の聞きかたは
往々にして、
『こっちの意見の方がいいから、こっちの答えへ導いていこう』
『そんな風に思っているから、上手くいかないのに、』とアドバイスを始める。。。
といった聞き方になっていきますよね。
そうすると、話しをしている方にとっては
なんだかわかってもらえない、なんだか聞いてもらえない。。。
さらには、
なんか上から物を言ってくるぞ!
なんて、腹を立ててしまう人も。。
クライアントさんの話しを聞く時だけでなく
普段の会話でも、
相手の言っていることがどうしても共感できなく、
自分から見ると、全然そう思わないわ~~と思っていても
その相手と、意見交換、という目的であれば
いやいや、私はこう思うのですよ~と言えばいいことですが
大概の日常会話は、
相手にわかってもらいたい、と思いつつ話していること
多くないですか?
聞いてもらいたい、と思って話すこと多くないですか?
「~ちゃんは、そう思ったんやね~」
「~さんは、そんな風に考えているんですね」
これを言えるか、言えないかで
随分と相手との関係は変わってきます。
。。。まぁ、京女は
そうは言えども、
「わては、まぁ、そないな風には考えへんけどね~」と
心の中でつぶやくのであります
(笑
これを、怖い!と思わないで~~
相手の話は、理解しました、ですが、私は意見は違いますけど、すんまへん。。
ということなんですよ~~~
これって、思った以上に
人間関係円滑にいきますです☆
言葉の声かけってとっても大切
お試しあれ!!!