静岡発!介護社労士JOYがゆく! -33ページ目

介護に対する私の想い ~ 父の介護失敗を踏まえて ~

1999年3月中旬。

父が慢性腎不全と診断され、
人工透析を始めました。

そのとき、私には…
聖書に書いてあった
ある聖句が頭をよぎりました。

「あなたの父祖ダビデの神、
主はこう言われる。わたしは
あなたの祈りを聞き、涙を見た。

見よ、わたしはあなたをいやし、
三日目にあなたは主の神殿に
上れるだろう。

わたしはあなたの寿命を十五年
延ばし、アッシリアの王の手から
あなたとこの都を救い出す。」
(列王記下 20:5~6)

十五年…
父がそれだけ生きられたら…と
ただその思いしかありませんでした。

なぜなら、透析宣告の際…

医者を通じ、
母は知らされていたのです。

「もう少し遅かったら1年の命…」と。

そう考えれば…

人工透析ではありましたが、
神様は父親にボーナスステージを
くださった…とも言えます。

それは母と私にとっても同じことで、
「もう少し一緒に生活出来るね」と
素直に喜んだことを覚えています。

それから9年経過…

2008年。

父は自分がお願いした施術後から
介護生活を始めることになりました。

「なぜそんなことを…」
正直、怒りが込み上げてまいりました。

なぜなら、見知らぬ方に身体のケアを
施していただいたからです。

取り返しのつかないことを…
しかし、後の祭りです。

衰えていく父の姿を
父自身と家族である母と私が
黙って見ていく日々が始まりました。

父の介護に関しては…
正直失敗ばかりでした。

最初の失敗は…
ケアマネージャーとの確執。

父が癇癪を起こしたため、
悪い予感がしたのですが…

結局ケアマネージャーを
降りていただくことになりました。

なぜなら、ケアマネージャーが
守秘義務を守らなかったからですが…

家族として、両方の言い分を
きちんと確認しなかったことが
この結果を招きました。

次の失敗は…父との確執。

母が入院したことで
母に任せきりにしていた「介護」と
自分が向き合うことになって…

不安だけが募り、
その不安を父にぶつけてしまいました。

毎日のように父を罵り、
実際に父の頬を何度も平手打ちしました。

そして、父の介護を頑張れば頑張るほど、
父への仕打ちはエスカレートしていきました。

しかし…

母は私が「無理」していることを察知し、
「できることだけやりなさい」と
楽にしてくれました。

 
それでも…
私の父への仕打ちは続きました。

夜、ケアマネージャーさんに
何度救済を仰いだでしょうか…

「殺したくなる」感情を抑えるために…

それから1年後…
父は両足を切断いたしました。

しかし、「痛い」というものの、
父は泣きごと一つ言いませんでした。

その父の姿には…涙が出ました。

三つ目の失敗は…「笑顔」

父が介護生活に入ってから…
母も私もほとんど笑顔を
出せませんでした。

正直…疲れ切っていました。

しかし…デイサービスに出掛け、
自宅に戻ってくる際…

不思議なことに、父は
「笑顔」を家族に魅せました。

「なぜだろう…」

家で父の「笑顔」を消してしまう
理由が知りたくなりました。

私は…
「デイサービスで父と過ごしたい」と
デイサービスにお願いして
2時間だけ父と一緒に過ごしました。

そして…気付きました。

父は…
デイサービスの職員さんと時を
過すことで、褒められ、「存在」を
認められていたからだったのです。

…ショックでした。
涙が溢れ出て止まりませんでした。
父の「存在」を認めていない…
私は…深く反省いたしました。

この日以降、父と関わる際には
「笑顔」で接することにいたしました。

そして…

父の「笑顔」を見ながら…
最期のときを看取ることができました。

たった3か月半でしたが、
漸く父の「介護」ができた…
そんな時間が与えられました。

だから…
この時期に「介護」のときを
与えてくれた神様に…
感謝しています。

父を無事に天に送り出す際…

デイサービスのスタッフさんが
私からの願いを聞き届けてくださり、
写真を届けてくださいました。

最初は少し突っ張っていましたが、
スタッフさんの顔を見て思わず涙…
少し涙腺が緩くなったかも…と
正直思いました。

自分で言うのもなんですが、
家族が引き出せなかった
父の素敵な笑顔が
そこには満ち溢れていました…

家族として恥ずかしい瞬間でしたが、
同時に多くの方が喜びを一緒に
分かち合ってくださった…何よりも
それが一番嬉しかったです。

父は照れくさがりやで
私も写真に映るのが
あまり好きではありませんでした。

その結果、父の介護以降に
家族で写した写真はたった1枚…

ですから、父と家族を繋いだ宝物として、
いただいたアルバムを保管しています。

最後に…

神様は「介護」という形で
私に家族のあり方を教えてくれました。

その後…

介護で家族の絆を取り戻して欲しい…
その思いを強く持ったため、
「訪問介護員2級養成研修」を受講して
無事修了いたしました。

私が父への「仕打ち」で悩んでいたとき、
ある介護福祉士の方とお話しをさせて
いただく中で、二人して泣きました。

「介護の際、私は仕打ちをし続けた結果、
大切な人を失ったけれど…」

「まだ…介護する家族がいるでしょう?
だったら…今からでも大切になさい。」

共感してくださる方に出会った瞬間でした…

家族の絆が崩壊するのも…「介護」
家族の絆を取り戻すのも…「介護」

父との介護を通し、両方を体感することが
できました。

利用者さんのご家族が…
「介護を頑張る」から「介護を楽に」と
気持ちが変わること…

そして…

利用者さんとご家族の最高の笑顔を
魅ること…

それが「介護」をお手伝いすることの
最高の喜びです。