1月10日のお土産~前夜式~
♪ 西島三重子 おひさまのたね ♪
寒い日が続きますね。
母に内緒で手記を牧師先生にお届けした
前日のことを母にどうやって「ごめんね」と
言うべきか…それが本日の課題でした。
でも,そんなことは無用でした。
本日の前夜式で母はすべてをわかって
くれました。
牧師先生の心温まるメッセージに親族
一同涙してくださいました。単に読経を
唱えるだけの葬儀では味わえない雰囲気
が…教会式葬儀にはあります。
父は無宗教でしたので,葬儀はどんな
形で行っても良いのですが,今まで列席
した葬儀の中で教会式葬儀に勝る葬儀
なし…そう確信していました。
クリスチャンである私が家族の一員で
ある以上,教会葬をお願いするのはごく
自然なことですが,戸惑いもありました。
礼拝の形式に困惑される方々が多い
だろうという意見もあるからです。心地
よいスタイルは万人共通ではないです。
それでも,実際に教会堂で礼拝を行い
参列してくださった方々が笑って帰って
いただける…それこそが最高の葬儀…
ではないかと私は考えます。
泣くのは簡単,笑ってこそ葬儀…手記
の中で伝えたいことは「笑う」ことだけに
絞りました。
単に読経を唱える葬儀から「笑い」は
決して出てまいりません。神妙な面持ち
にて帰ってくるのが関の山です。
かくいう私も,牧師先生からいただく
メッセージに心揺さぶられ涙しました。
しかし,途中から父が私に笑いを与え
その後泣くことはありませんでした。
笑顔が大切…でも涙も大切。
両方が備わるのが葬儀です。生きて
いる限り,1日の中に笑いと涙が両方
含まれるのが最高ですね。
そんな葬儀になることを目指して…
明日もう一度神様と向き合ってみます。
今日のお土産は「語る」。
語るのは本当に難しいです。直接魂の
叫びが出てしまうからです。人を傷つけ,
人を勇気づけるいずれの行為もできて
しまう「語る」という行為。
どんな席でも人は言葉を選び,「語る」
行為をいたします。それでも人々が取る
行動は違ってまいります。
祈ることの方が傷つくことは少ないかも
しれません。でも,人間は「語って」何ぼの
生きものだと思います。
だから…今日も人は言葉を選び「語り」
ます。そして,その叫びを「聞き」ます。
伝えるために…受け取るために…
また多くの方々とお会いする機会が与え
られました…ありがとうございます。
私のことを気に懸け,励まし続ける師匠,
ありがとうございます。
産んでくださった両親に…「ありがとう」。
私はあなたがたから生まれたこどもです。
出来は悪いですが…こどもとして最後まで
寄り添えることが何よりも嬉しいです。
今までは両親でしたが,父親を失い,母親
との絆を大切にすることが父との新たな約束
になりました。
母親のことは気がかりですが,一緒に生き
ますよ。
…どんなときも神様は言います。
「恐れるな,わたしはあなたと共にいる」
だから,私もこれから言い続けます。
「いつも耳を傾けます,あなたの声に」
明日の風があなたに幸運を運ぶことを
信じて…
寒い日が続きますね。
母に内緒で手記を牧師先生にお届けした
前日のことを母にどうやって「ごめんね」と
言うべきか…それが本日の課題でした。
でも,そんなことは無用でした。
本日の前夜式で母はすべてをわかって
くれました。
牧師先生の心温まるメッセージに親族
一同涙してくださいました。単に読経を
唱えるだけの葬儀では味わえない雰囲気
が…教会式葬儀にはあります。
父は無宗教でしたので,葬儀はどんな
形で行っても良いのですが,今まで列席
した葬儀の中で教会式葬儀に勝る葬儀
なし…そう確信していました。
クリスチャンである私が家族の一員で
ある以上,教会葬をお願いするのはごく
自然なことですが,戸惑いもありました。
礼拝の形式に困惑される方々が多い
だろうという意見もあるからです。心地
よいスタイルは万人共通ではないです。
それでも,実際に教会堂で礼拝を行い
参列してくださった方々が笑って帰って
いただける…それこそが最高の葬儀…
ではないかと私は考えます。
泣くのは簡単,笑ってこそ葬儀…手記
の中で伝えたいことは「笑う」ことだけに
絞りました。
単に読経を唱える葬儀から「笑い」は
決して出てまいりません。神妙な面持ち
にて帰ってくるのが関の山です。
かくいう私も,牧師先生からいただく
メッセージに心揺さぶられ涙しました。
しかし,途中から父が私に笑いを与え
その後泣くことはありませんでした。
笑顔が大切…でも涙も大切。
両方が備わるのが葬儀です。生きて
いる限り,1日の中に笑いと涙が両方
含まれるのが最高ですね。
そんな葬儀になることを目指して…
明日もう一度神様と向き合ってみます。
今日のお土産は「語る」。
語るのは本当に難しいです。直接魂の
叫びが出てしまうからです。人を傷つけ,
人を勇気づけるいずれの行為もできて
しまう「語る」という行為。
どんな席でも人は言葉を選び,「語る」
行為をいたします。それでも人々が取る
行動は違ってまいります。
祈ることの方が傷つくことは少ないかも
しれません。でも,人間は「語って」何ぼの
生きものだと思います。
だから…今日も人は言葉を選び「語り」
ます。そして,その叫びを「聞き」ます。
伝えるために…受け取るために…
また多くの方々とお会いする機会が与え
られました…ありがとうございます。
私のことを気に懸け,励まし続ける師匠,
ありがとうございます。
産んでくださった両親に…「ありがとう」。
私はあなたがたから生まれたこどもです。
出来は悪いですが…こどもとして最後まで
寄り添えることが何よりも嬉しいです。
今までは両親でしたが,父親を失い,母親
との絆を大切にすることが父との新たな約束
になりました。
母親のことは気がかりですが,一緒に生き
ますよ。
…どんなときも神様は言います。
「恐れるな,わたしはあなたと共にいる」
だから,私もこれから言い続けます。
「いつも耳を傾けます,あなたの声に」
明日の風があなたに幸運を運ぶことを
信じて…