静岡発!介護社労士JOYがゆく! -107ページ目

6月23日のお土産~歴史~

  ♪ 小田和正 やさしい雨 
 
  沖縄戦没者慰霊の日。

  日本の戦争敗戦を決定づけた,
 沖縄戦で犠牲になった方々を追悼
 する日が今年もやってまいりました。

  亡くなった父が奇跡的に生き延びた
 のは,終戦の時18歳未満であった
 ことが大きく影響すると思っていたの
 ですが…

  たまたま空襲にも遭わず,ある意味
 隔離された場所で飛行機の整備に
 あたっていたからかもしれません。

  空襲ではなく,沖縄の方々は戦禍の
 影響をまともに受けてしまったわけです。

  ひめゆり学徒隊はじめ,こどもから
 大人まで多くの方々が犠牲になりました。

  何年か前,「ひめゆりの塔」という映画
 が公開され,見に行こうと思ったのですが
 行けませんでした。見に行かなかったこと
 を大変悔いております。

  沖縄の方々には私たちの想像を遥かに
 こえた苦難の歴史があります。
 
  しかし…あれから68年。
  既に多くの方々が召天され,語り継ぐ
 方々が少なくなってきたのは事実です。

  父からも飛行機工場のことをよく伺い
 ましたが…その父も他界しました。

  生の声ほど貴重な証言はありませんが
 年齢には勝てず,語り部としての活動を
 終えようとしている方もいらっしゃいます。

  戦争だけでなく,多くの歴史が風化の
 危機にさらされてきておりますが,歴史
 は多くの先達が積み重ねてきた貴重な
 財産です。

  声を聞いて紙面に起こす…
  これから暫く,生存者の貴重な証言を
 聞く日々が私にも与えられています。

  記録を残すこと…これは歴史を継ぐ
 者として避けては通れない行程です。

  難しいからやらない…では済まない
 大切な行為です。

  少しだけでも語り継げるように与え
 られた大切な役目を果たしたい…
 それだけのために動きます。

 
  本日のお土産は…「アルバム」。

  歴史を残す上で貴重なものとして,
 「アルバム」があります。

  日本の歴史ほど大それたものでは
 ありませんが,大学時代にクラスの
 アルバム制作班長に任命?されて
 戸惑ったのを覚えています。

  なぜ,クラスアルバムを…?

  伺ったところ,学科内のアルバムを
 残していくのが伝統になっていました。

  問題は誰が音頭取りをするかですが,
 当時から教授に宴会幹事させられた
 私が目をつけられました。

  それから3か月,卒業までに間に合う
 かどうか予断を許しませんでした。

  写真が撮れない,原稿は書けない,
 しかも卒業式に全員出席できないと
 いう現実…

  しかし…奇跡的に卒業式の3日前,
 予定部数の製本が完了しました。

  出席できない仲間にも渡せる…
 これだけが唯一誇れることでした。

  4年間の歴史を紐解くことすら満足
 にできない私でしたので,これから
 十何年もの歴史を掘り起こしていく…
 ことは至難の業です。

  ただし,これは任を負ったものだけが
 誇りと喜びを感じながら進めていかない
 限りは形にならないです。

  だから…楽しんで進めます。
  大切な先達の協力を得ながらですが。

  また多くの方々とお会いする機会が与え
 られました…ありがとうございます。

  私のことを気に懸け,励まし続ける師匠,
 ありがとうございます。

  産んでくださった両親に…「ありがとう」。 

  私はあなたがたから生まれたこどもです。

  出来は悪いですが…
こどもとして最後まで
 寄り添えることが何よりも嬉しいです。

  母親との絆を大切にすることが亡き父との
 新たな約束になりました。

  母親のことは気がかりですが,一緒に生き
 ますよ。


 …どんなときも神様は言います。

 「恐れるな,わたしはあなたと共にいる」

 だから,私もこれから言い続けます。

 「いつも耳を傾けます,あなたの声に」


 明日の風があなたに幸運を運ぶことを

 信じて…