コロナ騒動について思うのは、これはヤイエル文明をより素直に人類が
受け取れるようになるための訓練であるということ。
BTCが今晩ドーンと上がることをのぞむ。
岩手には感染がない。これはこれで気持ちが悪い。
海岸線のどこかの街から岩手にもコロナが広がっていくだろう。そんな気がする。
今日までは感染の確認はない。だからといって対岸の火事を高みの見物かというと
そんなことはない。職場は製造業であるが、影響は明らかにある。
他人事ではない。
胆沢扇状地周辺は今年も大した危機感を持つこともなく、
それによって作られる歪んだ罪悪感に浸かりながら、
ますます町全体がアスペルガー化していくのだろう。
2020年はサバイバルモードの生活の年。
岩手には劇場がない。でかい公民館はたくさんある。
劇場は儲かるというんで、行政がインチキ会館をたくさん作ってしまった。
表現の実験の場としての空間=劇場はどこにもない。
考えるまでもなくこれはとてもへんちくりんなことだ。
国家としては全体主義へベクトルの方向が向いていないといけないのであろうが
それがそもそもおかしい。
朝夕に、子供たちが一塊になって、学校へ登校する。なんなんだ。
自由さを削がれ叩きのめされ全体主義へ向かっていく。それが教育だなんて
狂ってる。
戦後キャピタリズムの崩壊。ベーシックインカムの導入。
人類の科学依存はVRを追求するようになり、
人間の知恵を身につけたサイボーグが宇宙へ旅立っていくだろう。
その時に何がしか美しいものをインプットするがためにアートは必要なのだ。
中国で道路に設置された監視カメラで、感染の疑いのある人物を追跡し、
実際に感染者を複数特定したというニュースがあった。
そのような事柄は5Gやネットの発展を加速するだろう。
ますますVRへ向かうことになる。
サバイバルモードで生き延びること。
BTC半減期でどのような事象が現るか。