釈尊と共に生きる、西洲のブログです!

釈尊と共に生きる、西洲のブログです!

法華経は釈尊の肉声の教えの経典です。あらゆる経典の中で、法華経は、別の名を
「最上王経」とも呼ばれ諸経の王でもあります。女人成仏をはじめどんな衆生も
生きるもの全てを救おうとする仏陀の方便の力は、法華経のすばらしさです。

洋の東西の偉人、賢人たちの「名言」をご紹介します。人の一生には悩みがつきものです。私たちはしくじり、恥をかき、苦悩する。心を惑わせ、傷つけるのが人の言葉なら、励ましを与え、明日を生きる理由を与えるのもまた、人の言葉なのである。

 

 

◎ 自分の仕事を見つめなおす

 

 

与えられた仕事に全力を尽くすあせる

 

 

 

下足番を命じられたら、

 

日本一の下足番になってみろ。

 

そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。

 

 

 

小林一三{こばやしいちぞう}

(日本の実業家、政治家。

阪急電鉄をはじめとする阪急東宝グループの創業者。)

1873年(明治6年)1月3日 - 1957年(昭和32年)1月25日)

 

 

◎  目には目を歯には歯を

 

 

本当の意味ははてなマーク

 

 

古代バビロニアの「ハンムラビ法典」に記載があったとされている。「旧約聖書」の「出エジプト記」21章には「目には目を、歯には歯を、手には手を、足には足を、焼き傷には焼き傷を、傷には傷を、打ち傷打ち傷をもって償わなければならない」とある。

 

やられたら、やりかえせ」という意味にとらえられがちだが、本来は「一時の感情にまかせて何倍もの報復行うのではなく、それ相応の罪で相手を許せ」という、報復拡大の防止を意味しているOK

 

(中東のことわざ)

 

追記、目の前の与えられた仕事に全力を尽くすあせる 余計なこと考えないでグッド! 目には目を歯には歯を は、旧約聖書の出エジプト記24節にしっかりと書かれています本 私も聖書は持っていますので、確認できましたOK 現代ではやられたらやり返す!のが一般的になっていますね滝汗

 

 

法華経は釈尊の肉声の教え、経典です。 是非とも、

釈尊のご慈悲を体験してみてください(西洲)

↓↓

↓↓

法華経と共に! 白蓮堂 

http://www3.hp-ez.com/hp/magokoro18

 

真実は一つ!!

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ

 

現実生活のなかで苦悩する人にとって、法華経がどれほど役に立つ教えであるかを実践的に解き明かしている経典です。あらためて法華経のもつ偉大な力を認識していただき、共に学んでいければ嬉しいです宝石赤

 

 

法華経を学ぶ者は、あらゆる難関を克服できる本キラキラ

 

 

われわれが、人生の暗がりのなかにいて耐え忍べないのは、その暗がりがあまりにも深くて、突破できないと思って、あきらめてしまうからである汗

 

もちろん、最初はなんとかこの暗がりから脱出しようとしたにちがいない。だが、あまりにも深い暗がりなので、ちょっと抵抗しただけではなかなか夜明けがやってこなかった。そのために、途中であきらめてしまったのであるショボーン

 

しかし法華経はいっている。「法華経を学ぶ者は、あらゆる難関を克服できる」と。このことは法華経の第一六章「如来寿量品」に次のように書かれている本

 

「衆生劫(しゅじゅょうこう)尽きて、大火に焼かるると見るときも、我が此の土は安穏にして、天人常に充満せり」ここでいう「」とはひとつの時代のことである上差し

 

したがってこの意味は....ひとつの時代が過ぎ去り、周辺がまったく変貌(へんぼう)してしまったように見えるときがきても、仏の国土は安泰であり、天上界や人間界で徳を積んだ人びとがたくさん集まって住み、楽しく生活しているだろう.......となるOK

 

つまり、目の前にどんな難関があろうとも、いかにそれに苦しめられていようとも、仏の世界にはいれば、このうえない幸せを得ることができますよ、というのだグッド!

 

しかもこの仏の世界では(=実相の世界)は、この世がどんな世界になろうともつねに存在しているというのである。だが、ここで疑問がある。実相の世界があることは認めよう。

 

しかし、これは現実の世界ではない。それならば、現実の世界でないものが、現実の世界に影響を与えられるものだろうかはてなマーク

 

この疑問は、たぶんわれわれが仏の世界を考えるとき、死の世界を考えているからであろう。この世ではない"あの世" と考えているから非現実的だと思うのである虹

 

しかし、これはあくまでも肉体の死にかぎって、あの世とこの世を考えているからだ。というものを考えるならば、肉体の死や生はそれほど問題にならない叫び

 

つまり、われわれは全て霊的存在であるからこそ、実相の世界と結びつくことができるのである上差し

 

だからこそ、現象に目を奪われるな、真理に気づけ、そうすれば難関は、かならず突破できるといえるのであるお祝い

 

人生に救い”法華経の奇跡” 信じられない何かか起きる(謝世輝著)参照から

 

 

追記、そうです、全て霊的存在に気づいてこそ、実相の世界と結びつくことができるのですビックリマークこの辺の難しさが人それぞれに、どう悟っているかだけですね叫び 法華経を学ぶ者は、霊的指導を受けられるので、本当にありがたいですお願い

 

 

法華経は釈尊の肉声の教え、経典です。 是非とも、

釈尊のご慈悲を体験してみてください(西洲)

↓↓

↓↓

法華経と共に! 白蓮堂 

http://www3.hp-ez.com/hp/magokoro18

 

真実は一つ!!

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ

 

仏の智慧(ちえ)は海のごとく広大にして、仏の心は大慈悲なり。仏は姿なくして妙(たえ)なる姿を示し、身をもって教えを説かれました。人に生まるるは難く、いまある生命は有難く、世に仏あるは難く、仏の教えを聞くは有難い❕ 共に学んで行きましょうひらめき電球

 

 

勇気ある行動が....¥

 

 

ある男が墓場の近くに住んでいた。ある夜、墓場の中から、しきりに自分を呼ぶ声がするので、恐れ震え上がっていたガーン 夜が明けてから、彼がそのことを友に話すと、友の中で勇気のある者が、次の夜にも呼ぶ声がしたら、その声をたずねて、そのもとをつきとめてみようと決心したグッド!

 

次の夜も、前夜のように、しきりに呼ぶ声がするピリピリ 呼ばれた男はおびえて震えていくが、勇気のある男は、その声をたよりに墓場に入り、声の出る場所をたずねて、おまえはだれかと聞いたはてなマーク

 

すると、地の中から声がして、「わたしは、地の中に隠されている宝である。わたしは、わたしの呼んだ男にわたしを与えようと思うが、彼は恐れて来ない。おまえの勇気があるからわたしを取るにふさわしい。明日の朝、わたしは七人の従者とともにおまえの家に行くであろう」と言った。

 

その男はこのことばを聞いて、「わたしの家へ来るなら待っているが、どのようにもてなしたらよいのか。」と尋ねるはてなマーク

 

声は答えた。「わたしどもは出家の姿で行くから、まず体を清め、部屋を清めて、水を用意し、八つの器(うつわ)にかゆを盛って待つがよいビックリマーク

 

食事が終わったら、ひとりひとり導いて、すみに囲った部屋の中に入れれば、わたしどもはそのまま黄金のつぼになるだろう。」と上差し

 

あくる朝、この男は、体を清め、家を清めて待っていると、はたして八人の出家が托鉢にやって来た。部屋に通して、水とかゆとを供養し、終わってからひとりひとりをすみに囲った部屋に導いた。すると、八人が八人とも、黄金のいっぱい入ったつぼに変わってしまったびっくり

 

このことを聞いた欲深い男が、自分も黄金のつぼが欲しいと思い、同じように部屋を清めて托鉢の出家を八人招いて供養し、食事の後、すみの部屋に閉じこめたグラサン

 

しかし八人の出家は黄金のつぼになるどころではなく、怒って暴れ出し、その男はついに訴えられ、捕らえられたダウン

 

はじめに名を呼ばれておびえていた臆病な男も、呼んだ声が黄金のつぼであると知ると、これも欲を起し、あの声はもともと自分を呼んだのだから、あのつぼは自分のものだと言いはり、その家へ入ってつぼを取ろうとすると、つぼの中には蛇がいっぱいいて、首をもたげて男に向かっていったヘビドクロ

 

その国の王はこれを聞いて、黄金のつぼはみな、この勇気のある男のものであるとして、「世の中のことは何ごともこのとおりであって、愚かな者はただその果報だけを望むが、それはそれだけで得られるものではない。

 

ちょうどそれは、うわべだけ戒めを保っていても、心の中にまことの信心がなければ決して真の安らぎは得られないのと同じである。」と論したOK

 

仏教経典参照

 

次回に続きます。

 

追記、はなさかじいさんのたとえ話に似ていますグッド! 神仏は全てお見通しなのです目 臆病な男も勇気ある行動を試されていたのに残念でした汗 同じように、私たちもいつも色々と試されていますので、常に勇気ある行動で前向きに歩んでいきましょう走る人

 

 

法華経は釈尊の肉声の教え、経典です。 是非とも、

釈尊のご慈悲を体験してみてください(西洲)

↓↓

↓↓

法華経と共に! 白蓮堂 

http://www3.hp-ez.com/hp/magokoro18

 

真実は一つ!!

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ