釈尊と共に生きる、西洲のブログです!

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法華経は釈尊の肉声の教えの経典です。あらゆる経典の中で、法華経は、別の名を
「最上王経」とも呼ばれ諸経の王でもあります。女人成仏をはじめどんな衆生も
生きるもの全てを救おうとする仏陀の方便の力は、法華経のすばらしさです。

仏の智慧(ちえ)は海のごとく広大にして、仏の心は大慈悲なり。仏は姿なくして妙(たえ)なる姿を示し、身をもって教えを説かれました。人に生まるるは難く、いまある生命は有難く、世に仏あるは難く、仏の教えを聞くは有難い❕ 共に学んで行きましょうひらめき電球

 

 

お互いに認め合ってこそ.......上差し

 

 

① ヒマラヤ山に共命鳥(ぐみょうちょう)という鳥がいた。体は一つ、頭は二つであった。あるとき、一つの頭がおいしい果実を食べるのを見て、もう一つの頭がねたみの心を起し、「それならわたしは毒の果実を食べてやろう。」と毒を食べて、両方ともに死んでしまったあせる

 

 

② ある蛇の頭と尾とが、あるとき、お互いに前に出ようとして争った。尾が言うには、「頭よ、おまえはいつも前にあるが、それは正しいことではない。たまには私を前にするがよい。ビックリマーク

 

頭が言うには、「わたしがいつも前にあるのはきまったならわしである。おまえを前にすることはできない。」と。

 

お互いに争ったが、やはり頭が前にあるので、尾は怒って木に巻きついて頭が前へ進むことを許さず、頭がひるむすきに、木から離れて前に進み、ついに火の穴へ落ち、焼けただれて死んだ。ドクロ

 

ものにはすべて順序があり、異なる働きがそなえわっている。不平を並べてその順序を乱し、そのために、そのおのおのに与えられている働きを失うようになると、そのすべてが滅んでしまうのである。汗

 

 

③ 非常に気が早く怒りっぽい男がいた。その男の家の前で、二人の人がうわさをした。「ここの人は大変よい人だが、気の早いにと、怒りっぽいのが病である。」と。

 

その男は、これを聞くとすぐ家を飛び出してきて、二人の人におそいかかり、打つ、ける、なぐるの乱暴をし、とうとう二人を傷つけてしまったガーン

 

賢い人は、自分の過ちを忠告されると、反省してあらためるが、愚かな者は、自分の過ちを指摘されると、あらためるどころか、かえって過ちを重ねるものである上差し

 

仏教経典参照

 

次回に続きます。

 

追記、今回三つのたとえ話を書きましたが、どれもが納得させられる内容ですね滝汗 最後の自分の過ちを忠告されると、愚かな人はカットなり反撃したりもしますので、賢い人になりましょう叫び お釈迦さまの教えを学ぶことが、一番の近道ですねドア

 

 

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洋の東西の偉人、賢人たちの「名言」をご紹介します。人の一生には悩みがつきものです。私たちはしくじり、恥をかき、苦悩する。心を惑わせ、傷つけるのが人の言葉なら、励ましを与え、明日を生きる理由を与えるのもまた、人の言葉なのである。

 

 

◎ 自分の仕事を見つめなおす

 

 

日々の鍛錬があるからこそビックリマーク

 

 

成功して満足するのではない。

 

満足していたから成功したのである。

 

 

アラン

(フランスの哲学者)

 

 

 

◎  蟷螂(とうろう)の斧

 

 

うりゃ~かかってこいあせる

 

 

自分の弱さも省みず、無謀にも強敵に立ち向かっていき敗北.失敗する様を示している汗 古代中国.斉(せい)の壮公(そうこう)が車で狩りに行った際、カマキリ(蟷螂)が前足を上げて車に襲い掛かってきたという(荘子「天地」より)。

 

そのさまが斧を振っているように勇敢ではあるが、しかし、原典においては決してマイナスの意味合いだけで紹介されているわけではなく、前のめりに攻撃するカマキリを見て壮公は「これこそ勇者の条件だ」と賞賛したとされている滝汗

 

(中国の故事成語)

 

追記、成功するには、それなりの準備もあり、満足していたからこそ成功という目に見える形に現れたのですねビックリマーク蟷螂(とうろう)の斧は、何かコッケイな感じもしますが、この敵に向かう勇ましさは負けても伝説に残りそうな最後ですね叫び

 

 

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現実生活のなかで苦悩する人にとって、法華経がどれほど役に立つ教えであるかを実践的に解き明かしている経典です。あらためて法華経のもつ偉大な力を認識していただき、共に学んでいければ嬉しいです宝石赤

 

獰猛な魚とおとなしい魚を一緒に水槽の中で飼えるのかはてなマーク

 

 

前回につづき、もうひとつ生き物の話をしよう。

 

サワラとカマスは同じスズキ目(もく)の魚である。ところが、ふつうこの二種類の魚を一緒に飼うのはむずかしい。というのも、カマスは体調30センチと小柄だが、獰猛(どうもう)で、いっぽサワラは体長1メートルと大きいがおとなしい汗

 

この小柄なカマスがサワラをいじめて困るのであるあせる まず大きな水槽をガラス板で半分に仕切る。片側にはおとなしいサワラを、反対側には獰猛なカマスを別々にいれる上差し

 

すると、カマスはさっそく、サワラをいじめようとして、突っかかっていくピリピリ ところが真ん中には魚の目には見えないガラス板があって、そこに鼻先(?)をぶつけて痛いガーン

 

カマスは何度も何度も、鼻がペシャンコになるくらい突進するが、傷つくだけである。こうしてしばらくおいていくと、やがてカマスはサワラの姿を見ても突進しようとしなくなるOK

 

そして、ガラス板の仕切のそばに近寄らなくなってしまう。このとき、ガラス板をはずしてやると、カマスはまだガラスの仕切りがあると思い込んでいるので、サワラにはぜったいに近づけない。これでサワラとカマスの同居は完成ということになるグッド!

 

※ ヘタな思い込みは降り払え ❕

 

考えてみれば、われわれは、前回の巨象やカマスのことを笑えない。

 

たとえば、学校の成績が落ちたからといって、「自分の未来が閉ざされた」と思うのはどうだろうか。あるいは、われわれは一度失敗したことは、、「もうできない」と思い込んではいないだろうか❓

 

さらに、「自分は能力がないからダメ人間である」と決めつけていないだろうか。われわれが、「あれはできない。これもできない」と考えていることは、じつは、自分が「できない」と思い込んでいるにすぎないショボーン

 

巨象のように自分には本来強力なパワーがあるはずなのに、そんな力のあることに気づかず、自分で決めているにすぎない汗

 

実相の存在を知る。自分の仏性に気づくとは、じつは、この「できない」を「できる」に考えなおすことである叫び

 

そして、過去どんな失敗を経験してきたとしても、つねにそれに縛られない新しい自分があると信じることであるチョキ

 

これは何もむずかしいことではない。非常に簡単で明快すぎるほど明快なことなのだビックリマーク

 

次回につづく

 

人生に救い”法華経の奇跡” 信じられない何かか起きる(謝世輝著)参照から

 

 

追記、思い込みが自分を小さくしてしまいますねショボーン どうせできない!をできるビックリマークに考えなおすことですグッド! 前向きに何かに挑戦する心を持っていると、いつも若々しく輝く人生が送れますお祝い

 

 

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