皆さんは「もしあの時○○していたら、今頃こうなっていたはず」とお考えになられたことは、一度や二度ではないでしょう。

 

今回は、テーマ:読書批評文にて、キース・ロバーツ『パヴァーヌ』というSFをレビューいたします。

本作は、1987年にサンリオSF文庫で初邦訳され、その後、扶桑社→筑摩書房へと出版社を変えて世に問われた作品です。

 

作品の概要は、「プロテスタントが滅ぼされ、ローマ教皇とスペインが地球の支配者となったパラレルワールドの世界に生きる人々の物語」です。

冒頭、1588年にエリザベス1世が暗殺されたことが「歴史の分岐点」となります。

そしてスペインの無敵艦隊が、女王を失いイギリスが内紛状態に陥ったことにつけ込んで、この島国を滅ぼした結果、20世紀に入った現在(本書が執筆された当時)もなお封建制度が温存されているという設定です。

ここで描写される「現代」の世界では、蒸気機関がようやく普及し始めて、電信の代わりに腕木通信が広く使用されているという、我々現実世界の人間からは奇妙に見える世界となっております。

 

各章のあらすじは以下の通り(誤りがございましたらご指摘をお願いします)↓。

 

第一旋律 レディ・マーガレット

1968年。

輸送業者・ストレンジ父子商会の主ジェシーは、〈レディ・マーガレット〉と名付けた蒸気輸送車を所有している。

彼は、自分の輸送車と同名の宿屋の娘・マーガレットに恋い焦がれている。

二人は相思相愛であったが、ジェシーは結婚費用が捻出できずに結ばれることはなかった...。

 

第二旋律 信号手

信号手ギルドの見習いの少年・レイフは冬のある日、ヤマネコに襲われて重傷を負う。

その彼を救助し、介抱してくれたのは謎の少女。

レイフは彼女の歌声を聴いていたが、その内容はキリスト教以前の古代の神々の物語であった。

しかしそれは幻であり、信号塔に赴いたギルドの伍長は、そこで息絶えたレイフを発見する...。

 

第三旋律 白い船

入江を見下ろす家に暮らす少女・ベッキーは、時折姿を見せる「白い船」が気になっていた。

ある時、彼女は好奇心からボートでその「白い船」に接近し、乗り込んでしまう。

「自分をこのうんざりするような狭い世界から未知の広い世界に連れて行ってくれる」と、ベッキーは期待していたが、結局彼女は自分の元居た村に戻される。

しかし、ベッキーの話を聞いた神父は、「白い船」がかつてイギリスを騒乱に巻き込んだ「ジョン修道士」の一味であると憶測し、村へ軍隊を差し向けるよう教会に要請するのであった...。

 

第四旋律 ジョン修道士

1985年。

平凡な修道士・ジョンは、石版印刷で毎日を聖書や法王庁からの勅令を印刷するという日常を送っていた。

そんなある日、彼は「異端審問官」の職に転任される。

その凄惨な実情を目の当たりにしたジョン修道士は、忽然と姿を消してしまう。

「サタンに魂を売った」と見做して枢機卿はジョン修道士を破門し、教会は懸賞金をかけて彼を捜索する。

しかし、そんな教会を嘲笑うかのように、ジョン修道士は大勢の何者かに匿われ、逃げおおせるのであった...。

 

第五旋律 雲の上の人々

かつて、ストレンジ父子商会のジェシーと相思相愛であったマーガレットは、ドーセット州に所領を構えるコーフ城の城主・ロバートの妻として迎えられていた。

彼女は、次期城主となる子どもを期待されていたが、意中の相手ではないロバートとはそりが合わない。

そんな中、マーガレットのかつての思い人・ジェシー・ストレンジは、静かに息を引き取ろうとしていた...。

 

第六旋律 コーフ・ゲートの城

英国における法王の副官・ヘンリーは、軍勢を率いてマーガレットの娘・エラナーを城主とするコーフ城へと向かっていた。

この城で、エラナーが法王に対して反旗を翻したとの報せが、ローマにもたらされたのである。

彼女は「自分の主君は国王であり、外国の僧(=ローマ法王庁)に忠誠を誓っているのではない」と、ヘンリーに対して啖呵を切って見せる。

エラナーの母のマーガレットは出産の際に命を落とし、母親のいないことによるものか、彼女は幼少時より奇矯な行動を執ることが多かった。

エラナーは常々、教会が富を独占している状態に疑問を抱いており、その思いが彼女を教会への反乱へとかき立てたのである。

やがて、水面下で教会に反感を抱いていた英国中の城の城主が、エラナーの執事・ジョンによる電信(=秘密のテクノロジー)での糾合によって反乱を決意し、続々と応援に駆け付ける。

しかし、エラナー自身は負傷して城から脱出する最中、荒野の中で死亡するのであった...。

 

本書「終楽章」では、エラナーの執事であるジョン・ファルコナーの子孫の青年が、新大陸から廃墟となったコーフ城を訪問する場面が描かれています。

「終楽章」の時代、海には帆船の代わりにホバークラフトが、陸上では蒸気輸送車の代わりにモノレールが走り、そして原子力発電所も稼働しているという現実世界と大差ない世界が描写されています。

青年は、子孫に向けて書かれたジョンの手紙を読んでいきます。

その内容は、コーフ城の反乱の後、教会とその権威・そして大ギゼヴィウス(物語に言及される架空の法王)が確立した封建制度が崩壊し、世界は民主主義へと移行したことが記されています。

さらに手紙は、教会が超古代文明のテクノロジーの存在を確認していたこと、そして彼らがそのテクノロジー(原子力等)の危険性を察知していたが故に、その進歩を意図的に遅らせていたと述べています。

 教会は「進歩」を完全に止めることは不可能だと知っていた。だがそれを遅らせることはできた。たとえ半世紀でもそれを遅らせることによって、人類に少しでも真の「理知」に近づくための時間を与えようとしたのだ。それこそ教会がこの世界に与えた恩恵だったのだ。その値は測り知れない。教会は人々を迫害しなかったのか?絞首刑や火炙りにしなかったのか?確かに多少はそういうこともあった。だがベルゼンやブーヘンワルトやパッシェンダーレはなかった。

(『パヴァーヌ』p.394)

ここに言及されている「ベルゼン」「ブーヘンワルト」は、ナチスの設営した強制収容所・「パッシェンダーレ」とは第一次世界大戦の激戦区のことです。

つまり、本書では「我々の知る現実世界」にも言及し、作中世界では第一次世界大戦中に使用された非人道的な兵器も、ナチスによる大量虐殺も無かったことが示唆されているのです。

 

後々になって、私は思いました。

「この本で言うところの『超古代文明』の正体は、実は我々のいる現実世界であり、作中世界は現代文明崩壊後の超未来のことではないか?」と。

我々が享受している現代文明が滅び去り、『パヴァーヌ』世界の歴史は円環を描くストーンヘンジのように、超未来において同じように繰り返されているのではないか?

作中世界に言及されている超古代の世界にも「征服、宗教改革、無敵艦隊があり、そして劫火が、ハルマゲドンがあったのだ」と、手紙では述べられています。

我々の文明が「過去のもの」となり、超未来においてストーンヘンジの円環のように文明が再興され、繰り返している。

それらの世界においても、青年の一族は「古い人々」「妖精」「丘の住民」として文明の興亡を見守ってきたわけです。

 

ところで、私が本書を読んで気になったのは、『パヴァーヌ』の世界では東方正教会やイスラム教等の扱いはどうなっているのだろう?ということです。

「序章」で言及されているスペイン無敵艦隊の総司令官メジナ・シドニヤ公は『ドン・キホーテ』にも言及されている人物ですが、彼の生きていた当時のスペインはレコンキスタ(イスラム教からのキリスト教によるイベリア半島再征服運動。1492年に終了)から約100年後の時代です。

また、東方正教会もカトリックと絶縁した後、コンスタンティノープル(現・イスタンブール)を拠点として主にスラヴ人を中心に信者を獲得し、それなりの勢力を保っていました。

『パヴァーヌ』に言及されていない作中世界の日本も韓国も、おそらくはカトリック世界の一員になっているとは思いますが、欲を言うならば、この作品と同一の世界のユダヤ教・イスラム教・正教会・仏教・儒教道教・ヒンドゥー教の各宗教の信者の生活も垣間見たいものです。

著者のキース・ロバーツは2000年に亡くなりましたが、『ファウンデーション』シリーズのようにどなたか別の作家さんが『パヴァーヌ』世界におけるイスラム教や正教会とローマ・カトリックの対立や葛藤を描写してくれませんかね?

私は期待しています。

 

ともあれ、改変された世界でのイギリス風俗とテクノロジーを微に入り細を穿つように、そして活き活きと描写した『パヴァーヌ』、貴方も是非一読されて、異なる歴史を辿った英国に思いを馳せられてください!

 

(罵詈雑言・個人攻撃・誹謗中傷大歓迎!)

 

 

 

 

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