http://blog.livedoor.jp/love_connected/archives/2009-01.html?p=3#20090108


タイトルからして愛珍の終局の続きですよ。

飯島愛が生きていたら……という軽い気持ちから始めたんだと思います。

飯島愛だったら、どんなコメントを出すのか想像しながら……。

本人としては飯島愛の文体をマネしたので、飯島愛が書いているのではないかと

騒がれたかったのかも知れません。その証拠が前の掲載内容です。

前後のブログ内容はライブドアのお題にそって、2~4行でまとめており、問題の文章だけが異様に長い。これは意図的に書いたのだと思います。


飯島愛が書いてるよ


と注目されたかったんでしょう。


それから内容をみると飯島愛のファンだったんだと思います。コンクリには関係ないと言いたいようです。


映画が公開された1987年当時、私は19で、
その2年後の1989の、私とは直接は関係のない事件のときは21。
そして、17年経った2006年のときすでに38だった。
つまり、私は最初から4つ、サバをよんでいた。


2006年にすべての罪を被せられて追放された*、、ハメられたんだ。そのコトで私は批判と非難を繰り返し、引退させられた。。

最近、2ちゃんねるでも本当の年齢よりも年が上だったと主張する輩が多くなっています。でもねえ、ミクシイのコミュで同学年だったという方々が飯島愛のことを懐かしんでコメントしてるんですよね。それも複数の人が。

いくらなんでも全員が工作員なんてありえないでしょう? しかも他の学年の人が飯島愛が同学年だというコメントもありません。


もし飯島愛の生年月日が違うなら、出身中学の卒業生全員がグルになって年齢詐称に加担していることになります。( ̄□ ̄;)


常識で考えてください。いくらなんでもありえません。