私が初めて中学生に勉強を教えたのは、大学1年生になった春、のことでした。学部の3年生の先輩が、「今まで一年間教えてきた中学生の子の家庭教師を辞めたいから、代わりに、きみ、引き継いでくれないか。」ということでした。
私は大学1年生になったばかりで、ちょっと少し前までは“受験生”だったのに、大学に入ったら、すぐに人に勉強を教えるなんて、しかも、それでお金をもらえるなんて、と、びっくりしました。
もう、40年以上昔のことです。
今では、街のあちこちに「個別指導塾」があって、大学生の講師アルバイトの口はいくらでもありますが、当時はそんなものはなく、家庭教師は個人間の紹介、人づて、というのが一般的でした。
教える生徒は、中学2年生の男の子でした。成績は、中の下ぐらいの子でした。
勉強は、ちょっとヤル気のなさそうな感じはしました。先輩が一年間、教えてきたのですが、成績はさっぱり上がらない、ということでした。
先輩がその子の家庭教師を辞めたくなった理由は、その点にもありましたが、他にもっと時給の良い家庭教師の口を見つけたからでした。
最初、私は、「週二回勉強を教えて、成績が上がらないなんて…、信じられない…」と思いました。私なら、すぐに成績を上げられるはず、と思いました。
だって、中学生の勉強なんて、ちょっと教えれば簡単にできるようになるはず、とばかり思っていたからです。
ですから、良い成績を取らせようと、一生懸命教えました。英語と数学、一回2時間の約束でしたが、いつも1時間くらいオーバーして教えたくらいでした。
さて、初めての中間テスト。
これだけ一生懸命教えたのだから、英語も数学も、少なくとも90点以上は取れるだろうと思いました。試験範囲は準備万端、くまなく教えたつもりだったからです。
しかし、結果は、英語も数学も50点以下でした。
愕然としました。そして、信じられませんでした。
これは、何かの間違いではないのか?
だって、試験範囲のすべてを、ていねいに、教えていたのですから。
では、期末テストこそは、良い点を取らせようと、さらに一生懸命教えました。
しかし、期末テストも結果は同じになりました。
ご両親を前にして、申し訳ない、バツが悪い気分がしました。
そして、生徒には裏切られたような気もしました。
一生懸命に教えたのだから、ちゃんと報いてくれたらいいのに、…と思いました。
先輩がこの子の家庭教師を辞めたくなった理由が、ようやくわかりました。
ちゃんと教えたはずなのに、こんな成績しかとれないのでは、「教えがいがない。」し、がっかりだったからです。
今なら、私は、もう40年以上も、いろいろな生徒を教えているので、わかりますが、初めて生徒を教えたばかりの大学生は、「教えたのだから、きっとできるようになっているはず。」という思い込みがあります。
しかし、生徒は、一回教えたからと言って、すべて吸収してくれるものではありません。むしろ、なかなか吸収してはくれないもの、と思って教えなければならない。
自分が勉強するのと、人に勉強を教えるのとでは、雲泥の違いがあります。
それを大学生の新米先生は知りません。よっぽどやる気のある生徒であれば話は違います。やる気があって、もともと成績の良い子ならば、だれが教えてもうまくいくのです。教えなくとも、さらに良い成績をとってくれます。
しかし、多くの子はそうではありません。同じことを、何度も何度も、教えなければなりません。くどいほど反復させなければなりません。
教えるには、教える側にも、忍耐が必要なのです。それがわかるようになるまで、その後、何年もかかってしまいました。
何を、どれだけ教えるかは、生徒によって、ひとり一人違う、という見極めと、どう教えたらよいのか、という判断、いわば“さじ加減”を知らないのが、学生先生の欠点、と言えます。