皆さまご機嫌よう。

今回は久しぶりにスピ系の考察をしてみたい。

 

10代に向けてのブログでは、価値観が人それぞれになっていくと書いた。しかしこの価値観と言うのは結構厄介だ。

何故か人は価値観を押し付けたがる。

煉獄さんのように啖呵を切ってもなかなか納得してくれない。

 

 

ある基準を作ってそこに他の人間を当てはめ勝手にランク付けしようとする。

そして大抵それは既に自分が有利な立場にいる人間がする 。

 

自分は以前京セラの稲盛和夫さんをカリスマ経営者として尊敬していたのだが後に大嫌いになってしまった。

この人は君にもできるみたいな本を出版しているのだが、最初はなるほどと感じ入るところもあった。

 

しかしよくよく考えてみるとこれは巧妙に民衆を体制に組み込もうとする罠で、権力者に取って非常に都合の良い考え方だと気づいた。

なぜならすでに社会的な地位を得ている人間の方がこれからスタートする人間よりどう考えても有利だからである。

 

資本主義社会はカジノと同じである。

誰も得することがないただ下から上に吸い上げるだけのゲーム。

参加するプレーヤーの多さで胴元だけが豊かになる仕組みになっている。

 

こう言うと給料をもらっているという反論があるかもしれないが、それは自分の自由を売ってさらに興味がない仕事と引き換えに成り立っている。

教科書などでは労働力と言葉をすり替えているが労働力とは本来何にも代えられないはずの自由とすべてを自分で決めるという権利のはずである。言ってみれば魂そのものだ。

 

F F7の概念におけるライフストリームである。魂をエネルギーとして吸い上げ肥太る神羅カンパニーとは資本主義を象徴化したものだ。

 

 

魂のエネルギーを売り渡してはたして月20万そこそこの金額で釣り合うものなのかどうか、もう1度よく考えてみた方がいいと思う。

 

底辺が広ければ広いほど上が吸い上げる量が多くなるシステムだから、彼らにしてみればあの手この手で民衆をこのゲームに参加させたい。

だからうまくいけば自分もそうなれるかもしれないという甘い夢を見させることに腐心する。

経営者がよく本を書いたりするのはそのためだ。しかしそれを読んで成功したという人間を聞いたことがない。

 

カジノと同じでうっかり足を踏み入れようものならあっという間にカモられる。

何度も言うが参加するプレーヤーが多いければ多いほど胴元だけが儲ける仕組みになっている。客寄せパンダとして一時的に勝っていたギャンブラーも最終的には吸い取られて終了。

胴元にしてみれば濡れ手で粟なので必死にこのゲームに誘導しようとする。

それでもまだこのゲームに参加するだろうか?

 

そのレールにゼロからの人間を誘導すればどうやったっけ敵うはずがない。搾取されて終わり。

 

稲森さん本人は多分悪気は無いだろうが、学校の先生と同じでそうやって無意識にどんどんレールに放り込むということを支配者はする。 

だがそんなレールに乗る必要は全くない。

自分の道を行けばいいのだ。

 

ちなみに自分は親とも全く価値観が異なる。

昔から相容れないのだが理解してもらえない。安定という言葉が何より好きで権威、名声に弱い。

多分今でもいつか自分が県庁か市役所に勤めると思っているかもしれない笑