その言葉を初めて知ったのは、僕がまだ大学生だった頃。

地元栃木県黒羽町(現大田原市) 八溝山地のふところ深くにある古い山寺である。
清流とうっそうとした森に囲まれたそのお寺は、雲厳寺といい、臨済宗妙心寺派の名刹である。

1200年代創立の古いお寺で、筑前の聖徳寺・紀州の興福寺・越前の永平寺と並んで禅宗の日本四大道場の一つでもある。

そこのお堂に『水五則』が書いてある和紙がおいてあった。
雲厳寺
水五則
  一,自ら活動して 他を動かしむるは水なり
  一,常に己の進路を求めて止まざるは水なり
  一,障害にあい 激しくその勢力を百倍し得るは水なり
  一,自ら潔うして他の汚れを洗い 清濁併せ容るるの量あるは水なり
  一,洋々として大洋を充たし 発しては蒸気となり雲となり雨となり
    雪と変じ霰と化し 凝っては玲瓏たる鏡となり 而もその性を
    失わざるは水なり

この『水五則』は,豊臣秀吉の参謀であった黒田孝高(如水)(官兵衛)が作ったものといわれているが、その真偽は定かではない。
黒田孝高は、黒田官兵衛という名前の方が有名かもしれない。

この言葉は、『禅』、そして『老荘思想(タオ)』の思想を表している。

なにものにもとらわれることなく、自然体で生きていく力。それが『水』である。

それは、とても簡単なことのようだけど、難しいもの。
それは、とても難しいことのようなものだけど、簡単なもの。

・・・うーん・・・。

水は、とてもシンプルだから、そのおかげで、どんな複雑なところにも入っていけるし、動かすことができるんだよね。

僕は、『水』のように、自然体で力強く生きていきたいものだなといつも思う。