北海道胆振東部地震が起きてから3日が過ぎました。
ライフラインもある程度回復し、生活は制限があるものの以前の生活を取り戻しつつあるので(自分の住んでる地域は被害少なめ)、ここ3日間で起きたことを忘れないように書き記したいと思います。

地震が起きたのは9/6午前3:07
みんな寝静まっているとき。
あまりに大きな地震に目を覚ます。
目を覚ました瞬間に鳴り響く緊急地震速報。
正直地震より緊急地震速報の音の方が怖かった。
体感1、2分揺れていた気がします。
揺れている最中に停電になったことは、Wi-Fiルーターの灯りが消えたことで分かりました。
揺れが収まると、会社のランチ食べてる8人グループラインが稼働。
「電気止まった」「洗面所ぐちゃぐちゃ」
「お湯貯めてたタンク壊れてやばい」
「電気返してください」
こんな会話を1時間ほどしていると、会社の連絡網が発動。
「今日の会社はやすみです」との内容。
この時自分は「プログラマーからパソコンとったら仕事できないし〜」くらいの心境。
朝も早かったので、そのまま寝落ち。
この行為がのちに致命的なミスだと気付いたのはもう少し先の話
次に目が覚めた時は朝9:30五頃。
ラインを見ると通知が100件ごえ。
「え?」
通知ポップを軽く見ただけで自体がやばいことになってることを察する。
ラインを開くと、会社の若手26人のラインが出来上がってました。
内容は「停電した」「断水した」「近所のコンビニ大行列」「食料調達に走れ」「水でるうちに、お風呂に水張って、ブレーカーは落とせ」「ガソリンスタンド動かない」「現金がない」「ATM使えない」「クレカも使えない」「空港詰んだ」「電車詰んだ」
この時に「やべ詰んだ。うちになんもねぇ」
そう思いました。
他にはいろんな人から心配の連絡をいただきました。
被災してる自分より、被災してない友人たちの方が先に震災の深刻さを理解していたのです。
自体を把握し終わったら身支度をして、そくチャリに乗って食料水の調達へ向かう。
はじめにセブン。
店に入らずとも、もう何もないことがわかる。
セブンを秒で通り過ぎファミマ
これまた入る前に何もないこと確認。
今日二度目の詰み。
「そうだまだこの時間オープンしてないはずのドラッグストアに行こう」
ドラッグストアに着くと、開店前のドラッグストアを囲む長蛇の列。
「これはなんなんだ!?」
しかし他の選択肢もないので並ぶことに。
30分ほどすると開店した様子。
店内電気が付かず、商品も倒れているため、入り口で商品を絞って販売するとのこと。
待っている間にも、鳴り止まない会社のライン
様々な情報を提供してくれます。
とりあえず信じていいのはNHKと各インフラインフラ会社の公式声明のみ。
その他の情報は信憑性がないので、鵜呑みにしないこと。
1時間ちょっとすると自分の番に。
この時点でゲットできないと詰むものは
・食料
・水
・ガスボンベ
・懐中電灯
・モバイルバッテリー
実際にゲットできたのは
水4l
パン二個
ロウソク、ライター
電池
カロリー高そうなポテチ、チョコその他お菓子
この時点で三度目の詰み
ガスボンベが売り切れ。
これにより火を沸かすとこができなくなりました。
つまりカップ麺を手に入れても食べることができない。
モバイルバッテリーが手に入らなかったことにより、携帯充電切れたら情報が一切手に入らなくなる。
しかしこの時、連鎖して4度目の詰みが...
あと二回充電できると思っていたモバイルバッテリー、こうゆう時に限り、充電ゼロ。
携帯の充電のこり50%
この時知りました
スマホの充電=自分のHP
とりあえず、手に入れたものでは生き残れない可能性が高いので、近くのドラッグストアとコンビニを駆け回ったが結局手に入るのは似たようなものばっかり。
ここで1つ驚いたこと。
それは北海道が誇る、ローカルコンビニ、セイコーマートが、車から給電して、んバンバン揚げ物して提供していたこと、他のコンビニがレジが使えないなか、バッテリー内蔵のバーコードリーダーでバンバン商品さばいていること、アイスを1人5個まで無料配布していたこと、 。
モバイルバッテリー、ガスボンベは手に入らなかったので
会社ラインで助けを求めると、先輩2人がガスボンベをくれ、車で充電させてくれるとのこと。
この時自分HPのこり20%
片道1時間かけ、チャリで先輩の家へ爆走。
道中は全部の信号がついていない。
そんななか、いつもより気持ちスピード落として走っている車たち
主要交差点には警官とボランティアの一般市民がさっきあったとは思えない連携をとって交通整備。
まずはガスボンベをもらえる先輩の元へ到着。
お礼を言い、充電をさせてくれる先輩の家へチャリをこぐ。
足がちぎれそう。人間って死ぬかもしれない時こんなになるんだな
その姿さながら弱ペダ御堂筋。
先輩の家に着くとモバイルバッテリーとスマホを充電させてもらいました。
ついでに玉子チャーハンをご馳走になりました。
そういえば朝から何も食べてない。
とても美味しかった。
2時間ほど滞在させてもらうと、携帯の充電はフルチャージ、しかしモバイルバッテリーはまだまだ...
「クイックチャージ3.0対応してるのにすればよかった」
そう思った。
時刻は17:00
北海道はそろそろ暗くなる時間
先輩にお礼をいい帰宅することに。
家に着いたら、電気復旧してるかなぁと期待をするも撃沈。
真っ暗すぎて何もできないので、簡単な食料と水を、持って近くの避難所である区の体育館へ移動。
体育館に入るときに、ポカリとクラッカーをもらえました。
近所に住んでる会社の先輩とも合流。
体育館にはすでに電気が復旧していて、自販機稼働、冷水機稼働、トイレ稼働、シャワー完備、ラジオ聞ける、充電し放題。
ここは楽園か!?
そう思いました。
「ここにいれば死なない」
「ここが終わったら、俺らも終わる」
この時点で
体育館のHP=自分のHPになった。
体育館で情報を集めながら、知り得た情報を会社ラインに流す。
一番盛り上がったのは当日発売予定だった、読んでもないヤングジャンプの話。
 そんな感じで6時間くらい経つと時刻は深夜0時。
体育館でシャワーにも入った僕たちは寝るために帰宅することに。
帰路でセブンがやっていることに気付き入ってみると、店はすっからかん。
残っていたのはハバネロお菓子、チョコボールカボチャ味など攻めたお菓子とお酒、コーヒー。
災害時に飲み食いしたくないものばかりのこっていましたね。
野菜生活スムージーが五本あったので、しばらく朝食にと購入し帰宅。
深夜街灯のない横断歩道を渡るのは一歩間違えば死にます。
しかし危険を犯さないと帰れないので、渡ってみると、やはりひかれかけました。
電気のない生活に慣れきってしまっていたので、灯りひとつ付いてない部屋では歩くことすらままならなかった。
一日中走り回ったので、全身が悲鳴をあげていたにもかかわらず、不安でなかなか寝付けなった。

2日目8:00起床。
とりあえず身支度して、家の周りを偵察。
昨日開店できなかったコンビニとかが営業開始してるも、すでに物資は全て品切れ。
特に買うものもなく、避難所である体育館へ。
しばらくすると、うちの体育館のオアシス感を聞きつけた、先輩方と合流し5人体制に。
カタンとうボードゲームを一日中してました。
電気が使えないときに一番盛り上がるのはボードゲームだった。
童心に戻った気分。
ボードゲームをしている間にも、2時間に一度のペースで水、食料を自衛隊の方々が運んでくれていました。
感謝しかない。ただ感謝。
夕方ごろになると会社ラインでは電気が復旧したとの報告がちらほら。
しかし自分の住んでいる白石区では一切復旧する気配がない。
のちに知ったのですが、白石区には病院がないため復旧の優先順位が低いとのこと。
ボードゲームも一息ついたのが18:00ごろ
体育館では昨日今日の新聞が配布されていることに気付きみんなで読むことに、
そこには液状化した道路、崩れた山、悲惨な写真がたくさん載っていました。
2日間一度もテレビ見てない私たちにとって、初めて手に入れた他の地区での情報。
衝撃でした。
それしか言葉が見つけられなかった。
それを見て5人で、自分たちの作ってる製品で避難所をもっと楽しくできないか、少しでも快適に過ごすことはできないかと話し合いを真剣に重ねました。
時刻が19:00を過ぎると、ツイッターで白石区に電気が来たとの情報。
体育館から外を見ると、さっきまで付いてなかった電気がいたるところについています。
これで助かった。
そう思って、みんなで帰るのとにしました。
帰り道に居酒屋さんでつくねとお味噌汁の炊き出しを無料でしてくれていました。
暖かいご飯を食べるのは2日ぶりくらい
泣きそうなりました。
他の地域では、いろんなお店が格安もしくは無料で炊き出しをやってくれていました。
スーパーやコンビニから食料が消えた今、最後の砦は営業してなかった飲食店のご飯になるんですね。日本人の暖かさを感じました。
すすきのでは風俗店が銭湯としてお風呂を解放していました。
先輩は家族3人で風俗店にお風呂入りに行ったみたいです笑
いまは3日目の夜を迎えようとしています。
まだまだ余震、本震に怯えていますが頑張って生きていきます。
おわり