私は常識という言葉が大嫌いだ💛
常識を全否定するつもりはない。
常識=多数派の共通見解があるからこそ、世の中は円滑に回っているのであり、
私たちが生きているこの国民国家の根幹も多数派の意見が採用されて回っている
という意味では「常識」が根底にあることは間違いない。
しかし!!!!
「常識」というのはマクロでみれば「だいたいの人はそう思う」ということであるが、
ミクロで見れば「そう思う人」「そう思う人」「そうは思わない人」・・・etcの集合体なので、
ある人間が「これは常識でしょ」
と思うことでも、
ある人間にとっては「そんなの知らねえよ」となる場合は往々にしてある。
そして、世の中の問題の9割は「人間関係のストレス」なのだが、
さらにその「人間関係のストレス」の9割は「常識の違い」からきている。
おれはこう思う
私はこう思う
これが一致しない場合、常識のかぶせあいが始まるわけだ。
そう、常識というのは個人にとって「それは当たり前のもので、当然他者もわかっていて当然」
と思っているので、常識のおっかぶせも自然に起こる。
しかし先も述べたように、常識というのは多数派(の場合がほとんどなので)
そもそもこの常識が「一致しない」ということは起こりにくいように思うが、
起きたらタバコを吸う人
起きたらまずハミガキする人
起きたらまずテレビをつける人
みたいに、細かい行動レベルまでを「個人の常識」の範疇に含めるとすれば、
常識の不一致は往々にして起こる。
だから、常識のかぶせあいは往々にして起こり、人間関係のストレスも往々にして起こる。
だから今日も都会のコンクリートジャングルで、
人間関係のストレスは今日も数えきれないほど生み出されている。
であれば、ストレスをためてうれしい人間などいないはずなのだから、
その元凶である常識を捨ててしまえばいい。
いや、常識がなければ先に言ったように社会は回らなくなりそうだから、
常識に対する認識を個人が変えればいいと思うんだ。
そもそも、常識というものは非常に流動的なものであり、
毎秒変化しているといっても過言ではない。
よく例に出される「ジーパン」
昔はおしゃれとは真逆の工場労働者の服、今じゃ今を時めくファッションモデルが
どや顔で日本中のコンビニの雑誌コーナーで顔を晒しているではないか!
また、ある枠組みでは常識であることも、その枠組みを外れれば常識ではないことも
たくさんある。
戸籍上男性同士のセックスは、女装の世界じゃ普通だけどさ、
それを知らない一般の世界じゃ普通じゃないわけじゃん。
常識なんてものは、時間・空間でいくらでも変化するんだよ。
だったらさ、常識のおっかぶせなんてやめようぜって話。
よく常識ポリコレ棒wをふりかざして他人を断罪している者がいるが、
その者に問いたいのは、君は全知全能の神なのかい?と。
あなたの常識はあなたの認識内の時間・空間によって形成されている
極めて流動的な概念であり、それでもって、
あなたの認識できない時間・空間によって形成されている他人さんの常識
に何かをふりかざそうなんて、ちょっとおこがましいとは思わないかい?
私はよく言う。正義や常識を判定するのは裁判官だけでよろしい!!!!と。
あ、その人のためを思って言ってることとか教育目的なら全然否定しませんよ💛
むしろそれは素敵な話ね💛
でも、誰かを否定したり馬鹿にする目的でさ、
「あいつ・・・・だった常識ねえじゃん、わかれよそれくらい」みたいなこき下ろし方を
するのは見ていて虫唾が10回に1回くらいはしる。
いやそこまでは腹立たないので虫唾が歩く、くらいだろうか。
あなたの常識はあなたの常識でいいですね。
私の常識は私の常識ですから。
一致するところだけ共感しあって、
一致しなくても共感できる部分があればずらせばいいじゃないですか。
コンクリートジャングル!!!!
心までコンクリートになるな!!!!!!
