『青天を衝け』第10回―安藤信正について | 歴史愛~歴史を学び、実生活を豊かにする~

歴史愛~歴史を学び、実生活を豊かにする~

「温故知新」とは言いますが、世の中を見渡すと表面的な教訓ばかりでイマイチ実生活に活かすことのできない解説ばかりです。歴史的な出来事を、具体的な行動に置き換えて実生活をより豊かにし、願望を実現する手助けになるように翻訳していきます。


※こちらの記事は、令和3年6月8日に書かれたものです。

皆さんこんばんは。
今回は令和3年の大河ドラマ『青天を衝け』第10回に関しての楽しみ方を解説したいと思います。

大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!
※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名を載せています。

【『青天を衝け』の楽しみ方】
・第1回―渋沢家について・第2回―身分秩序について
・第3回―平岡家について・第4回―阿部家について
・第5回―藤田家について・第6回―美賀君の血筋
・第7回―井伊家について・第8回―岩瀬忠震の出自
・第9回―安政頃の西郷吉之助


まずはあらすじ。



第10回のあらすじ


文久(ぶんきゅう)元年(1861年)、江戸(えど)に出た従兄・尾高長七郎(満島真之介)の影響を受けた渋沢栄一(吉沢亮)は、父・市郎右衛門(小林薫)に懇願し、1か月との約束で江戸へ行く許しを得た。

江戸で栄一は、先に出てきていた長七郎や従兄の渋沢喜作(高良健吾)らとともに大橋訥庵(山崎銀之丞)の思誠塾(しせいじゅく)を訪れた。

その夜、長七郎、喜作に教えを請う栄一だったが、同じく思誠塾に出入りする河野顕三(福山翔大)の言った「草莽(そうもう)の志士(しし)」という言葉に感銘を受け、この日から「草莽の志士になる」と決心するのであった。

栄一は血洗島(ちあらいじま)に戻り、14代将軍・家茂に降嫁(こうか)する皇女・和宮(こうじょ・かずのみや)(深川麻衣)が岡部(おかべ)領を通るという話を聞いた。

和宮通過のための準備に使役される栄一は、またしても「世の中がおかしい」と感じるのであった。

その後、長七郎が血洗島に戻ってきた。

長七郎は、老中(ろうじゅう)・安藤対馬守信正を討ち、成功の暁には切腹するという。

それを聞いた兄・尾高惇忠(田辺誠一)と栄一は長七郎の暴挙を止めた。

そして惇忠は、幕府(ばくふ)を転覆させることを決意した。

ということで、




第10回「栄一、志士になる」の感想


この回も面白かったです。

桜田門外(さくらだもんがい)の変を経て、坂下門外(さかしたもんがい)の変に到るまでの異常な空気感というか、まるで戦争に向かうときのような何かに憑りつかれたような空気感がよく描かれていたと思います。

この頃の江戸の混乱について、「神の国に異人を入れた天罰だ」という大橋訥庵に対して「なら、どうして神様は神風(かみかぜ)』を起こしてくれねえんだい?」と切り込む栄一は爽快でしたね。

この手の話は未だに語られますが、根拠不明ですよね。

世の中には科学で説明できないことも起こりますが、基本的に因果関係の論理は通っています。

ある特殊な力をもった人にだけわかるとか、「神様がおっしゃっています」とか、因果関係の説明に納得できないことは信じてはいけません。
※その「因果関係の説明」が論理的ではないのに、なぜか多くの人に信じられてしまう場合も多いので厄介です。
「西の空に雨雲があるから、明日は雷だ」みたいな、一見論理が通ってそうでよく考えると論理的でない言説が意外とまかり通っています→この言説には論理の飛躍があるので、そこが埋まらない限り信じてはいけません


そして、「安藤対馬守を斬る」という長七郎を止める惇忠と栄一はアツかったですね。

長七郎が坂下門外の変に参加しないことはわかっていましたが、ハラハラしましたw



第10回の楽しみ方―安藤信正について―


今回は、大橋訥庵や河野顕三に目の仇(かたき)にされていた安藤対馬守信正について書こうと思います。

対馬守の家である三河安藤(みかわ・あんどう)家の大元は、前九年(ぜんくねん)の役(えき)で滅んだ安倍(あべ)氏までさかのぼるとされています。


前九年の役関連の記事を読みたい方は、下記リンクをタップしてください:
庄司浩『辺境の争乱』

同関連記事:
『麒麟がくる』第43回―波多野家について

同関連記事:
穴八幡宮


前九年の役で討死した厨川次郎安倍貞任の子孫としては、戦国(せんごく)時代、出羽国(でわのくに)で勇名を馳せた安東侍従愛季やその子・秋田城介実季が有名ですが、三河安藤氏はその安東(あんどう)家〔安藤家〕の嫡流(ちゃくりゅう)を称しています。

侍従愛季らの安東家とはかなり前に分かれた家で、厨川次郎貞任の子の代に分かれたと言います。

その安藤家がどういう経緯か三河国(みかわのくに)に流れ、安藤家重の代に松平次郎三郎広忠に仕えています。

家重は安祥(あんじょう)城にいましたが、織田右府信長の父・備後守信秀に攻められ討死しています。


安祥城関連の記事:
これぞ徳川家の柱石・三河武士の死にざまだ!!(山岡荘八『徳川家康』第2巻)

同関連記事:
『麒麟がくる』第9~10回―土岐一族とは/織田家の血縁関係

同関連記事:
桶狭間の合戦―不利な状況を受け止める


また、家重の子・基能は三方ヶ原(みかたがはら)の戦いで討死しています。


三方ヶ原の戦いに関連する記事:
苦難の時代の幕開け―山岡荘八『徳川家康』第5巻

同関連記事:
三方ヶ原の合戦―最強の能力「豹変力」

同関連記事:
第二次高天神城の合戦-勝者の戦法を徹底的にトレースせよ


その子、帯刀先生直次は東照大権現(とうしょうだいごんげん)徳川家康の側近として活躍し、初代紀州(きしゅう)藩主・徳川権大納言頼宣の附家老(つけがろう)として紀州田辺(たなべ)藩の藩祖となっています。

紀州安藤家についての関連記事:
武士道を追究したい人はコレ!!津本陽『名臣伝』

今回話題となった安藤対馬守信正は、帯刀直次の子孫ではなく弟・対馬守重信の子孫にあたります。
※この系統の安藤家、つまり対馬守信正の系統には筆者の祖母の家の血が入っているため、筆者とは遠縁に当たります。

その対馬守家は他の大名(だいみょう)家と同様に転封(てんぽう)を繰り返し、対馬守信正の頃には陸奥磐城平(むつ・いわきだいら)を治めていました。
※磐城平藩と言えば映画『超高速!参勤交代(さんきんこうたい)』で有名ですが、映画の頃の藩主は内藤(ないとう)家です。

対馬守信正は井伊掃部頭の強硬路線から穏健路線へと切り替え、掃部頭によって罷免されていた人物を起用し公武合体(こうぶがったい)政策などにより幕府の再生に努めました。

しかし、ドラマで描かれたように一部の志士から誤解とも言える批判を受け、坂下門外の変で襲われることとなります。

その後、隠居(いんきょ)・謹慎を言い渡され藩主を子、そして甥に譲り、戊辰(ぼしん)戦争では新政府軍と戦っています。

そして明治改元を迎え、明治4年(1871年)に死去します。

こんな感じで、ドラマの背景にある知識が分かるとドラマをもっと楽しめます!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

以下もご覧ください!

※トップ画像はイメージです。

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・尾高 長七郎 (氏不明) 弘忠
おだか ちょうしちろう (氏不明) ひろただ
・渋沢 栄一〔栄二郎、栄一郎〕 源 美雄
しぶさわ えいいち〔えいじろう、えいいちろう〕 みなもと の よしお
・渋沢 市郎右衛門 源 元助〔美雅〕
しぶさわ いちろううえもん みなもと の もとすけ〔よしまさ〕
・渋沢 喜作〔成一郎〕 源 英明
しぶさわ きさく〔せいいちろう〕 みなもと の ひであき
・大橋〔清水〕 順蔵 (氏不明。清原?紀?) 正順〔号訥庵〕
おおはし〔しみず〕 じゅんぞう (氏不明。きよはら?き? の) まさのぶ?〔号とつあん〕
・河野 顕三 越智 通桓
こうの けんぞう おち の みちたけ?
・征夷大将軍〔将軍家〕 徳川 内大臣〔通称不明〕 源 朝臣 家茂〔慶福〕
せいいたいしょうぐん〔しょうぐんけ〕 とくがわ ないだいじん〔通称不明〕 みなもと の あそん いえもち〔よしとみ〕
・安藤 対馬守〔通称は鉄之進、鉄之介〕 安倍 朝臣 信正〔信睦、信行〕
あんどう つしまのかみ〔通称はてつのしん、てつのすけ〕 あべ の あそん のぶまさ〔のぶゆき、のぶゆき〕
・尾高 新五郎 (氏不明) 惇忠
おだか しんごろう (氏不明) あつただ(ドラマ中では「じゅんちゅう」)
・厨川次郎 安倍 貞任
くりやがわじろう あべ の さだとう
・安東 侍従〔通称不明〕 安倍 朝臣 愛季〔近季〕
あんどう じじゅう〔通称不明〕 あべ の あそん ちかすえ〔ちかすえ〕
・秋田城介〔安東、伊駒〕 (通称は藤太郎) 安倍 朝臣 実季
あきたじょうのすけ〔あんどう、いこま〕 (通称はとうたろう) あべ の あそん さねすえ
・安藤 (官職・通称不明) 安倍 家重
あんどう (官職・通称不明) あべ の いえしげ
・松平 次郎三郎 源 広忠
まつだいら じろうさぶろう みなもと の ひろただ
・織田 前右大臣兼前右近衛大将〔通称は三郎〕 平〔藤原、忌部〕 朝臣 信長
おだ さきのうだいじんけんさきのうこんえのだいしょう(通称はさぶろう) たいら(ふじわら、いんべ) の あそん のぶなが
・織田 備後守〔弾正忠。通称は三郎〕 藤原〔忌部〕 朝臣 信秀
おだ びんごのかみ〔だんじょのちゅう。通称はさぶろう〕 ふじわら〔いんべ〕 あそん のぶひで
・安藤 (官職・通称不明) 安倍 基能
あんどう (官職・通称不明) あべ の もとよし
・安藤 帯刀先生〔通称は彦兵衛、彦四郎〕 安倍 朝臣 直次
あんどう たちはき〔たてわき〕のせんじょう〔通称はひこべえ、ひこしろう〕 あべ の あそん なおつぐ
・征夷大将軍〔将軍家〕 徳川 太政大臣〔通称は次郎三郎〕 源 朝臣 家康
せいいたいしょうぐん〔しょうぐんけ〕 とくがわ だじょうだいじん〔通称はじろうさぶろう〕 みなもと の あそん いえやす
・安藤 対馬守〔通称は彦十郎、五左衛門〕 安倍 朝臣 重信
あんどう つしまのかみ〔通称はひこじゅうろう、ござえもん〕 あべの あそん しげのぶ
☆武家の「通称」の普及を切に願います!

参考
ぴえーるのテレビブログ
日本歴史時代作家協会 公式ブログ
ゆーくんはどこ?

/
記事を読んでいただき、ありがとうございました!他の記事もぜひご覧下さい!

threadsX(旧twitter)facebookでのフォロー、お待ちしてます!


☆「この人の書いてること、ちょっと面白いかも」と思った方はぜひメルマガ登録してみてください!

歴史を学んで、知識をつけるだけではなく「歴史を活かして自分の生きたい人生を歩む」というテーマで、ブログでは語れない話などを書いています。

↓こちらの画像をタップしてください↓


また、メルマガに登録してメルマガに記載されているメールアドレス宛にリクエストを送っていただければ、順次お応えします。

・○○(武将、合戦等)について語ってほしい
・大河ドラマ(『軍師官兵衛』以降)について語ってほしい
・今、○○について悩んでいるが、どの武将を参考にしたらいいか

…等々

ブログと違ってほぼリアルタイム配信なので、会話をしているかのようなコミュニケーションが楽しめます!

登録、お待ちしています!

※メルマガが迷惑メールフォルダや「プロモーション」フォルダに入っている可能性があります。
不定期配信なので、ちょこちょこチェックして、迷惑メールフォルダ等に入らないように設定しておいてください。




ブログランキング参加中!
クリックをお願いします。

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村


歴史ランキング